傷付いた時に
家や大切な家族を失った人、何かに傷つきながらも毎日をしっかりと生きる人達。 明るくなれない時や、どうしても前に進めない、そんな時に見たい作品。主人公と同じ様に、少しずつ生きる力を取り戻していく。明日も生きよう、と思わせてくれる作品です。
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大きな反響を生んだ原作ノンフィクション「ノマド:漂流する高齢労働者たち」(ジェシカ・ブルーダー著/春秋社刊)をもとに、そこで描かれる実在のノマドたちとともに見つめるロードムービー。ネバダ州の企業城下町の住処を失った60代女性ファーン(フランシス・マクドーマンド)。彼女の選択はキャンピングカーに全ての思い出を詰め込んで、車上生活者、“現代のノマド(遊牧民)”として、過酷な季節労働の現場を渡り歩くことだった。その日その日を懸命に乗り越えながら、往く先々で出会うノマドたちとの心の交流とともに、誇りを持った彼女の自由な旅は続いていく……。
家や大切な家族を失った人、何かに傷つきながらも毎日をしっかりと生きる人達。 明るくなれない時や、どうしても前に進めない、そんな時に見たい作品。主人公と同じ様に、少しずつ生きる力を取り戻していく。明日も生きよう、と思わせてくれる作品です。
ドキュメンタリーではないが、実際にノマド生活を送る人々が多数出演しているという。一人きりでもクリスマスを祝う主人公の“強さ”。
ロードムービーとあるが、その印象は残らない。それは彼女がどこに移動しようとも大地こそがホームに見え、ハイウェイが通りに見えるからだろうか。 彼女が誰かといるシーンよりも一人でいるシーンが好きだった。特別なことは何もしなくたっていい。 フランシス・マグドーマンドは演技がどーのこーのとゆーよりは身体丸ごと生贄として映画に捧げる感がある。 でも『ミナリ』に1票。
ドキュメンタリー映像です
(編集中、そのうち書きます)
知らない町から町に放浪できるのは若者の特権と思っていたが、この映画に出てくるのは高齢者。家を持たず、車内で生活する。年金では生活できず、日雇い労働を求めて転々とする。 周囲は彼らを哀れな目で見つめるが、彼らは自分の意思でノマドを選択している。身内との同居を拒否し、「ベッドより車の中で寝たい」という。 高齢者と呼ばれる歳になった後も、人生は長い。若い頃行きたかった場所、やりたったことを諦める必要はない。こんな生き方もあるのだなと思いました。
何を生業として 何処に 如何に 住まうのか 選んでいるのか 選ばされているのか 振り返ると 我が身
自由は憧れるけど、素晴らしい面と厳しい面がある。 ホームレスじゃなくてハウスレスって言葉がなるほどと思った。 周りの人は自分の見たい面しか見えてないから、ノマドの人たちの選択を自分のフィルターを通してしか見えていない。 綺麗な情景を見て、家じゃなく映画館で観れて本当に良かった。
みえんかったな、 まあみらんでいいが
コロナがなかったら、この作品がアカデミー賞を受賞していたかは正直意見が分かれると思う。 しかしアメリカでも従来の資本市場システムの限界を指摘する声が出始めて久しく、また情報化社会に飲まれる中で自分の心情と行動との結びつきが希薄になりつつある中で、この作品が投げかけるものは大きいのではないか。 ノマド的な生き方しかり、やりたいことだけして生きる、フリーランス、などなど色々な新たな生き方をメディアは投げかけているが、果たしてこの作品の主人公程に、皆忠実に自分自身と向かい合っているのかは考えさせられる。 一方、彼女自身も自分の過去のしがらみや他者の思考を取り入れられない中で生きづらさを感じているという点では、一概にノマドという生き方を肯定しているものではない。 少し雑だが、ノマド生活をする彼女と、資本主義市場の中で従来的な生き方をする我々には、それぞれにしか持っていないところがあるといえる。 仮にこの作品をみて、ノマド生活の厳しさと美しさを語るのは、単純に隣の芝が青くみえているだけではないか。本作品が伝えたいこと、それは視聴者である、資本主義市場の中で今まで通り生きている我々に、普段は目に入らないノマド生活に焦点を当てることで、単純な比較ではなく、彼らにしかないものを今の生活の中に見つけられないかという、そんなメッセージな気がする。
仕事がなくなり、家を失い、 夫を失った主人公の行く末。 車生活でも、主人公は自然に親しみ、ノマドの仲間と絆を深め、前向きに生きていく。 じわじわと力が湧いてくるような作品でした。 自分はいつも家と会社の往復なので、 この映画はとてもいい意味で刺激的でした。 病気で亡くなった高齢者が見た、燕の風景の箇所では、 人間何が幸せなんだろうと考えさせられます。 精一杯生きている彼らと自分との違いを見たような気がしました。 自分もいつまでもこの仕事ができるとは限らない。 この主人公のような状態になったときに、 こんな風に地球を歩き、ダイナミックに生きていられるだろうか。 ちょっとうらやましくもあります。 一方ノマドは社会全体から言えば、高齢者が多いという 社会問題を扱った映画でもありました。 肉体労働、単純作業、高齢者の負担にしたらかなりしんどいはず。 普段アマゾンプライムにお世話になりっぱなしですが、 安くて便利なものの恩恵を受けることで、 格差社会が生まれ、このような人たちが出てきてしまう そんな現実を知ることができた作品です。 実現は難しそうですが、コロナで引きこもって テレビを見ているうちの母にもぜひ見てほしいなぁ。
思い通りにならなかった人生、愛する人に先立たれ途方に暮れる人生、ファーンはヴァン1台のスペースで自分の人生と向き合い続ける。 心配してくれる家族や友人がいる 裕福で愛情溢れる姉妹がいる 初老でスッピンの素の自分に好意を寄せてくれる男性がいる 自分に向き合い過ぎるのはよくない。 結局、自分のことしか視野に入らなくなるから。 広大な大自然と狭い車内の対比が印象的。 一見自由なようで人生の柵(しがらみ)から抜け出せない人々の心模様を、否定することなく淡々と描いた作品。 柵から抜け出したデイブに共感したけれど、ファーンの旅も見守り続けたいという気持ちにさせるフェアな表現に共感した。
全体的に暗い映画。 切ない。 このご時世なので、気分が落ちるかも。
ノマドという生き方は、自由であるが故に、何のために生活し、生きていくのか、自分と向きあう必要があるものだと感じた。 社会に所属し、役割を与えられて生きている私の目には、不安と同時に憧れを抱く生き方として写った。
なんとも言えない映画でした。
現代で家がなく車で生活していく日常がとてもリアル
しみじみと、しみる映画でした。 淡々としてましたが、完全に絶望していたヒロインが、徐々に希望を見いだせていったように感じたので、良かったなと思いました。
淡々と、美しい風景とともに。 映画ならありがちな主人公の説明調な気持ちの吐露とかも、潔いくらいほとんどなくて。その分観てる方としては、その選択はなぜ?だったりもしたけど。 主人公の、寂しさはあっても一人でいる自由を選ぶ、周りの人達とゆるくしか繋がらない、というのは自分も同じだなぁ。 ノマド達それぞれに厳しい生活の中にもストーリーがあって、それが静かに優しく描かれていたのが良かった。
晩年を何者にも束縛されず、自由に生きる。聞こえはいいですが、実現するにはある程度は稼げる仕事につくことができ、医療も受けられないと。 作中でも高齢者が仕事につく難しさは少しだけで触れられますが、実際はもっとシビアでしょう。 また医療もその状態で、ましてアメリカでまともに受けられない。 途中、がんの脳転移患者が出てきますが、薬を数粒飲んだくらいで症状は治りません。 ずっと高齢者がアップで出続けるのも、個人的には辛かった。
ずっと喪失感が漂っているような作品。観る人の年齢によって、全然違う感想になるのではないかと思う。 自分で選んでノマドになった人を主に描いているが、それなりに過酷な生活のはず。でも美しい自然と一緒に描かれていて、小綺麗に収まっている。 この生活を選ぶ理由はひとそれぞれだけど、どの理由にもやるせないものを感じる。別にそのやるせなさは、定住居がある人だって持っているものだろうけど。気を紛らすためのノマドか、向き合うためのノマドか。 スワンキーの言った事にものすごい共感を覚えた。 色んな形の石が随所に登場するけど、あれは何かのメタファーなんですかね。