可哀想なマリコ
薄幸なマリコ。しーちゃんを慕う姿がかわいらしく、おばあちゃんになってもずっと一緒にいたいと言っていたのに。しーちゃんは力強く社会の中で生き、マリコは逝ってしまった。遺骨と共に旅に出た意味は?しばし仕事から離れマリコを思い出す時間だったのか。
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平庫ワカの同名コミックを映画化。監督は『百万円と苦虫女』で日本映画監督協会新人賞を受賞、その後も『ふがいない僕は空を見た』『ロマンスドール』などを手掛けるタナダユキ。 鬱屈した日々を送るOL・シイノトモヨは、ニュースで親友・イカガワマリコが亡くなったことを知る。父親に虐待を受けていたマリコのためにできることはないか考えたシイノは、マリコの魂を救うために遺骨を奪うことを決心する。マリコの実家から遺骨を強奪したシイノは、遺骨と旅に出ることに。マリコとの思い出を胸にシイノが向かった先はー。
©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会
薄幸なマリコ。しーちゃんを慕う姿がかわいらしく、おばあちゃんになってもずっと一緒にいたいと言っていたのに。しーちゃんは力強く社会の中で生き、マリコは逝ってしまった。遺骨と共に旅に出た意味は?しばし仕事から離れマリコを思い出す時間だったのか。
永野芽郁ちゃん、頑張ってましたね。 でも、本当はこういう人じゃないのだろうってのが伝わってきた。駄目って言ってるわけじゃないのだけど、、難しいやね、こういう演技ってね、生半可な役作りじゃ深みを出せない。10歳の子に50歳の役の深みを出せと言ってもキツいじゃないですか。それと同じで、本当に長年の培われた深みみたいなものを出すのは至難の業だと思う。 でも、この作品で、永野芽郁ちゃんの演技は著しく変わると思われる。。 個人的には窪田正孝くん良かった。。。
原作好きとしてはもっと思いっきり感情出してシイノのガサツで不健康でギラギラした感じを出しほしかったし、川に落ちるシーンなど動きに勢いを出す撮り方をしてほしかったところはあるが、映画オリジナルで足された職場シーンなど原作と整合性が取れており違和感はなかった。 《パンフレット》 原作者の平庫ワカ先生が手掛けた表紙イラストが素晴らしい。 特に『映画化企画をご相談した当時、タナダ監督が平庫先生・原作出版社へ向けた手紙』を読んで、原作を愛す読者として、また身近な人を喪った自死遺族の一人としてこの作品をこの監督に撮ってもらえて良かったと思う。 『実の父親からレイプされても無罪判決が出るという、どうかしているこの国の現実を、親友を亡くしてから始まるこの架空の物語の中で、全力で涙も鼻水も鼻血も出し叫ぶ主人公のシイノの姿は、どうかしているどうしようもない様々な現実に嫌気がさし、もう無気力に諦めるしかないのかと思い始めた自分の目を、覚まさせてくれるのだ。どうしようもないことに、抗ってでも、生き続けようよ、と。』 『自殺は暴力だと思っている。残された人間は、もうなす術がなく、永遠の宿題を残されたようなものだからだ。人生に「たられば」など存在しないと分かっていても、何度でも「たられば」を考え、どこで間違えたのか自問し続けなければならない。』
永野、奈緒のダブル主演に、窪田、尾美、吉田らが固める作品 女性の生き方を綴る点では櫛木理有の著作に共通するものがある 映像も美しく、最後12分前の自宅での永野のライティングは秀逸 だが、自主映画的である不思議な佳作
今頃、アイツ、元気にしてるかな?そうだといいな。 観たあとアナタはきっとそう思う。 死後の念の様に、消え去ってしまったからこそ強くなる友情もある。 ただ、願わくば、、呪縛になりませんように。
お互いに依存して 分かっているはずなのに そう生きてしまう。 分かるような気もするし なんとも言えない感覚が残りました。
漫画が大好きで、映画化したので見に行きました マリコとシイちゃんの、それぞれの自分勝手な共依存みたいな関係が、すごく好きです 映画だと本当に二人はずっと生きてるんだって思いました この先シイちゃんは、変わらない日常の中で、マリコのことをずっと思いながら生きていくんだって感じるラストシーンでした 永野芽郁さんと奈緒さんが演じてくれて良かった…
自殺ではないが親友が先にいくと色々と後悔はします。 最後に会った時の事からつまらない事等色々と思い出しました。 親友が望んでいたと思われる事をやっていますが、こんな映画になるような事ではないです。 じっとはしてられない気持は理解出来ます。 最後に手紙が有って良かったですね と言いたくなりました。
「伏線を回収できてない?」と首をひねる点があったので原作にあたってみましたが、かなり忠実に映像化したんですね。追加場面はあっても削ったところは皆無。そもそもそういう物語だったのかと。 遺骨を抱いたまま夜の歩道で号泣する場面が印象的でした。
もう居なくなった人のことを想うには、生きていかないとならない、ということを淡々と教えてくれる。 永野芽郁さんが不良な感じを頑張っているが、少し無理をされている感じがしてしまった。それでも周りの登場人物の演技は子役の方も含めて自然な感じで、映画としてはじっくり観られたと思う。
自分にこんな経験も無ければ、身近にこんな経験をしている人も居ませんが、この映画の何かが私の琴線に触れてか、目が腫れるほど泣いてしまいました。 永野芽郁さんも奈緒さんも本当に素晴らしい演技でした。 シイノはマリコにとって、ずっと辛かった人生の中のほんのわずかな光だったのかな。 最後のマリコからの手紙に何が書いてあったのか、気になりました。 そしてシイノはどういう環境で育ってあんな強い人間になったのか知りたくなりました。
ほぼ原作漫画通りの設定、流れ。 漫画のリアリティと映画のリアリティは違うという根本をこの作品は見誤っている。 原作の良さはこの映画にはない。 脚本が悪い。 永野芽郁もポスターの写真でみれば素晴らしいが動き、セリフ、声質も含め、この役を表現するには厳しいレベル。
2019年に連載された平庫ワカによるシスターフッド・コミックの実写映画化作品。 監督は、『不甲斐ない僕は空を見た』のタナダユキ。永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊らが出演した。 OLのシイノトモコ(永野芽郁)は、親友のイカガワマリコ(奈緒)が自宅のマンションから飛び降り自殺したニュースを見る。 父親からの暴力を幼少期から受け、シイノに依存していたマリコの突然の死に動揺するシイノであったが、マリコの実家から彼女の遺骨を強奪し、生前行きたがっていた海を目指す。 今作最高のハマり役は無論、奈緒だった。 永野芽郁の演技については、綾瀬はるかや北川景子を思わせるやりすぎ感を覚えたが、原作を読んでみるとセリフから何からかなり踏襲されており、作品自体が持つ熱量と疾走感に加え、ヤンキー気質で感情をすぐ表に出してしまうシイノを上手く体現しているとも言える。 吸えないタバコを美容タバコにして練習するなど、清純派からガラリとイメージを一新させる今回の役柄は彼女の新境地となった。 この作品は、シイノとマリコの物語であるため、永野芽郁と奈緒以外は、もっと無名の俳優で良かったのではないかと思う。特にマキオは窪田正孝ではなくて良かった気がする。 あと、歯磨きの件には違和感があった。シイノがあの船で野宿しているなんてマキオは知らないはず(知っていたとしたら鬼畜)なのに歯ブラシを買っているのはおかしい。 外でもするくらい歯磨きが好きなら家から持ってくるだろう。
なにげなく見ていると、見た目や仕草などから強さと弱さの対比でシィちゃんがコントロールしているかのように見えるが、完全に支配しているのはマリコの方だ。 この映画を構成する出来事はマリコの行動から全ては始まっている。 そしてその立ち位置にいることがシィちゃんにとって居心地がいい。ブラック会社とわかっていながらも辞めないシィちゃんにとって。 タイトルはそのまま訳すと「私の壊れたマリコ」。 シィちゃんからの視点だとこうなるが、マリコの視点ならば「ユア・マイ・ブロークンマリコ」(あなたの、私の壊れたマリコ)となる。どっちが支配しているかを考えた時に、私はあなたの持ち物なのよ壊れているからあなたが助けるしかないのよと結構な圧をかけているように見える。おお、怖い。まるでホラー映画に見えてきた。 そう考えると最後の手紙の内容もこう考えられるのではないだろうか(手紙を見た反応は笑った後に泣いていた)。自殺は決めていたマリコ。長期的な計画を立てる。シィちゃんには私が死んだあと絶望して後追い自殺をしてほしい。何となく行きたい場所で自殺の名所を仄めかす。死んだ後に自然と向かうように(実際には予想外の男に止められるのだが)。その顛末が手紙には書かれていた。マリコらしいと笑うシィちゃん。しかしもうそんなマリコもいないのだと悲しみが押し寄せてくるラスト。怖いわ、こんな話(笑) マリコが親の虐待、暴行から心を壊してしまったのは明らかである。しかしシィちゃんの過去は明らかにされない。きっと辛い過去がある。 暴言を吐きながらも健気に支える。このアンバランスがシィちゃんの魅力であり、離れていかないことがマリコへ思いの強さを示している。そこには自身の傷付いてきた過去も加味されている。 実は意外とシィちゃんの方が闇は深い。 シィちゃんには幸せを掴んでほしい。
″ダークで美しい友情″映画という表現が合っているのかは分かりませんが、 漫画『Adabana-徒花-』から猟奇性を取り除いたような、現実味を帯びた作品で良かったです。 ブロークンマリコ(直訳:壊れたマリコ)とありますが、 作中では、明らかに周りの人物や環境により″壊されている″のに対し、マリコ本人は「自分自身が壊れているから悪いんだ」「壊れた自分が悲惨な現状を招いている」と捉えており、 2つの意味で″壊れている″んだなと感じました。 最後に女子高生を助ける為に トモヨ(永野芽郁)が遺骨の入った箱で撃退しますが、散った遺骨が儚くもキラキラと輝いていて、マリコが存在していた意味を見い出せたような気がしました。 永野芽郁ちゃんが声を荒らげているお芝居は 新鮮でとても良かったです。 清純派の女優だとギャップを埋め切れず どこか非現実的なものに見えますがそうではなく、 作風に合っていたので映画も楽しめました。