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さかなのこ ポスター

さかなのこ

4.2 139分 2022/9/1 (木) 公開
ドラマG日本
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あらすじ

さかなクン初の自叙伝「さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜」を『南極料理人』『横道世之介』の沖田修一監督が映画化。お魚が大好きな小学生“ミー坊”は、寝ても覚めてもお魚のことばかり。他の子供と少し違うことを心配する父親とは対照的に、母親はその背中を押し続けるのだった。高校生になり相変わらずお魚に夢中のミー坊は、町の不良ともなぜか仲良し、何かの主人公のようにいつの間にか中心にいる。やがて一人暮らしを始めたミー坊は、思いがけない出会いや再会の中で、ミー坊だけが進むことのできるただ一つの道にまっすぐに飛び込んで行く。

場面写真

予告動画

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キャスト・スタッフ

監督
沖田修一
キャスト
のん/柳楽優弥/夏帆/磯村勇斗/岡山天音/西村瑞季/宇野祥平/前原滉/鈴木拓/島崎遥香/賀屋壮也(かが屋)/朝倉あき/長谷川忍(シソンヌ)/豊原功補/さかなクン/三宅弘城/井川遥 ほか
配給
東京テアトル
公式サイト
https://sakananoko.jp/

クチコミ

キャストが豪華

- 3ヶ月前

おもしろかったです。 のんさん演じるミー坊が。性別を感じない自由なキャラで素敵でした。 柳楽優弥と磯村勇斗と岡山天音のヤンキー役が見れるのも激アツでした。夏帆さん好きなのでほんまに神キャスティング…! ぎょぎょおじさん(さかなクン)が捕まったのショックでした、、任意同行ですが!ハコフグの帽子を取るのもショックでした。。

原作はさかな君

- 1年前
公開時に男女逆転を含めて、賛否混合していた作品。実際みた感想は、のんがまだ若くて元気。たった2年で少し太ったか?最近公開の、とある映画ではおばさんになってた。 サブキャストが豪華である。若手の演技派をよくも揃えたなと感心する。みなさんに芝… 続きを読む

公開時に男女逆転を含めて、賛否混合していた作品。実際みた感想は、のんがまだ若くて元気。たった2年で少し太ったか?最近公開の、とある映画ではおばさんになってた。 サブキャストが豪華である。若手の演技派をよくも揃えたなと感心する。みなさんに芝居してもらう為か、少し余計なシーン多い気がする。でも面白く出来ていた。 肝心の物語は?原作はさかな君。本人も登場するので、最終脚本へ脚色はかなりの厚塗りか? 余計なエピソードたくさんあるが、映画はファンタジーなのだと前提して、この映画の主題とは 「自分の好きな道を貫くのは、ましてその事を仕事にするのは大変だぜ」 という映画なんだろう。と解釈する。

子供の「好き」を大切にすること

- 2年前

子供の「好き」を大切にしてあげることの大事さを見せてもらった気がします。映画としての出来はイマイチかな笑 魚好き、さかなクン好き、釣り好きは楽しめるかもしれないけど(よって私は楽しめました)、万人受けはしなそうww

映画がかわいい

- 3年前

かわいい! もう、映画自体がかわいい! さかなくんがかなりしっかりと俳優されてました。 さかなくんがこんなに出演しているのを知らずに観たので、嬉しい気持ちになりましたね。

一魚一会の第一歩

- 3年前
開始数分後、ギョギョおじさん役としてさかなクンん本人が登場したとき、自分はこれから2時間主人公"ミー坊"の不思議ちゃんに付き合わなければならないと覚悟を決める。 小学生"ミー坊"の子役の女の子が良い。成人となった"ミー坊"の女優"のん"にそ… 続きを読む

開始数分後、ギョギョおじさん役としてさかなクンん本人が登場したとき、自分はこれから2時間主人公"ミー坊"の不思議ちゃんに付き合わなければならないと覚悟を決める。 小学生"ミー坊"の子役の女の子が良い。成人となった"ミー坊"の女優"のん"にその雰囲気をしかりと繋いでいる。母役の井川遥に愛情を注がれ自由に生きた。好きに勝るものは無いのでギョざいます。 さかなクンの自叙伝としているがユーモアふりかけがたっぷりに振り掛けられており自叙伝の域を超えている。 2023.5.29

さかなのこ

- 4年前
「ずっとミー坊のことみんなに知ってもらいたかったんだ」 さかなクンのこれまでを「この世界の〜」ののんが演じる。 はじめにテロップ 「おんなとかおとことか関係ないのだ」 で、のんが演じる。 これは大正解。つきぬけてるさかなクンのワールドは… 続きを読む

「ずっとミー坊のことみんなに知ってもらいたかったんだ」 さかなクンのこれまでを「この世界の〜」ののんが演じる。 はじめにテロップ 「おんなとかおとことか関係ないのだ」 で、のんが演じる。 これは大正解。つきぬけてるさかなクンのワールドは彼女でしか演じられないとさえいえる。 かなりながい@139分実際途中だれてしまいましたが、最近の女性が有色人種がとかの規制からはつきぬけた自由、不良はもっと意固地でないととか優しくちゃダメっていうのじゃない自由を感じました。 「ミー坊は魚が好き」 ひとに逆らうとかじゃなくて、誇るんじゃなくて魚しか見えていない。 ミー坊のまわりには出会うべくして出会う面々が揃う。好きなことを追いかけるミー坊を見る人々は何かをもらう。 「ずっとミー坊のことみんなに知ってもらいたかったんだ」 ミー坊のお母さんに井川遥。 これがすばらしくよくて、「ミー坊は魚の絵をずっと描いていていいんです」 泣ける。 今になって思う。こうあるべきだと。 そうしてあげなかったのはなぜだろう。 信じるということはわかろうとすることだ。ミー坊は大きくなるまで守られて、「ミー坊、大きい世界にいってごらん」 これがどれほどむつかしいか。 なけて、なける。 柳楽優弥も磯村勇斗もよかった。ツッパリうまい。最高。 岡山天音ってこんなに上手いひとだったんだなぁ、、、 夏帆のラストもかなりすてきだった。 人は、動物と違って人間は、弱いから1人では生きていけない。特別でもそうでなくても、社会に貢献してゆく。できる喜び。それぞれが貢献し合って世界が成り立っていく。 これは真理だなぁ。

さかなのこ!

- 4年前

さかなクンがピュアで情熱的なだけでなく、自己中な部分とか興味のない仕事には頑張れないところとか、とても人間くさくて、そこがまた魅力的でした。垣間見える生活環境は羨ましいものではなかったけど、好きな気持ちを武器に変えて夢を切り拓く姿は輝いていて眩しかったです。 さかなクンの自叙伝が原作とのことだけど、どこまで実話なのかしら。ギョギョおじさんも実在したのかしら。

高校生役がまだいける

- 4年前

柳楽さんも磯村さんもまだまだ高校生いけますね。 独り?クスクスしておりました。 みーぼうのキラキラした瞳は誰にも真似できないでしょう。 のんさんの笑顔にピッタリでしたね。

どっちでも、よくないこと

- 4年前
のんの映画「さかなのこ」を見た。 公開から1ヶ月。忙しいのもあったけど、何となく機会を逃していた。 ファンだから、観れば満足することもわかっていたし、さかなクンの人生を、のんが演じる。それだけである種の「歩留まり」は確保されている感じもある… 続きを読む

のんの映画「さかなのこ」を見た。 公開から1ヶ月。忙しいのもあったけど、何となく機会を逃していた。 ファンだから、観れば満足することもわかっていたし、さかなクンの人生を、のんが演じる。それだけである種の「歩留まり」は確保されている感じもある。だからこそ何となく「想定される範囲」の感動かもなと、それも微妙に機会を逃す理由にもなっていた。 「男か、女かは、どっちでもいい」 映画は、そんな宣言で始まる。 黒バックに書かれた言葉はもちろん、さかなクンを女性であるのんが演じることを意識したもの。 どっちでもいい、という言葉は逆に見るものに「そのこと」を強く意識させる。シンプルだけど、複雑な仕掛け。それは監督が作品にハードルを設定するような行為でもあり、あるいはそのハードルを越える事ができる、と確信しての行為とも考えられる。 さかなクン本人を主人公を導く存在(ギョギョおじさん)として登場させる事も含めて、監督は「好きなものだけを追いかけて生きたっていい」的なシンプルなメッセージを、少しだけ複雑な構造(メタ認知的な)にくるんで届けようとしている。 映画を見終わって少し経つ。 のんの映画ではよくある事だけど、何気ないシーンで涙がにじむ事があった。どんなシーンだったかは思い出せない。 「あぁ、こんな風に生きたかった」「こんな風に生きていた時が、自分にもあった」そんな気持ちがふいに胸をつく。 でも一番印象に残ったのは、のんのシーンではない。 それは父親のシーン。大好きなタコをつかまえた幼いミー坊の、そのタコを取り上げて、口から内臓を引き摺り出し、地面に叩きつけて、食べれるようにしてしまう父親のシーンだ。 どちらかと言えば「常識人」サイドとして描かれる父親が狂気を曝け出すようにタコを地面に叩きつける姿、物語的には重要ではないかもしれないけれど、強烈な印象を残した。父親の中にある「さかなクン」的な何か。 監督も早い段階でキャスティングを決めていたと語っているが、まぁそれはそうだろうなと思う。好きな事に殉じて生きるちょっと「普通じゃない」存在。この役は、のんにしかできない。そう納得させてしまうだけの存在感と説得力を俳優やアーティストとしての彼女は確保している。 「ribbon」では周囲との軋轢や違和感に苛立つ主人公を演じたけれど、現実の彼女はそんな場所にはいない。それは途轍もない事のように思える。 芸能界の矛盾に押しつぶされそうになりながら、それを跳ねのけようと苦闘していた時期を越え、もはや誰も彼女の存在や価値を無視する事はできない場所にまで彼女は来ている。 「男か、女かは、どっちでもいい」その言葉は彼女にこそふさわしい。 そして映画のラスト、ミー坊はかつて自らを魚の世界に誘った「ギョギョおじさん」となり、子どもたちの前に立つ。 ミー坊が走ると、子どもたちが追いかけていく。まるでハーメルンの笛吹き男のように。そして、それは「普通の人」の側から見れば少し恐ろしい風景にも見えた。 だって「好きなこと」を追いかける人生の先には何も保証されていないから。夢中になって崖から落ちてしまう事だってある事を「普通」の僕らは知っている。そしてその「普通」と「普通でない」ものの境界に監督はこだわる。 ミー坊が好きなように生きる事を肯定する母親だって、普通の「寛容な母親」なだけではなく、どこか狂気を感じさせる演出を監督は施す。高校生のシーンになると、何も説明も無しに父親と兄は「いなくなっている」 タコの内臓を引っ張り出して地面に叩きつけた父親も、「勉強ができない子がいたっていいじゃないですか」と座った目で訴える母親も、普通だけど、どこか普通じゃない。 「普通って何?よくわからない」そんな台詞もあった。それはよくある「普通に生きなくたっていい」とか「世の中の当たり前を疑う」といったよくあるメッセージじゃない。 本当にさかなクンものんも(もしかしたら監督も)わからない、のだ。誰も「普通」なんかじゃない。ただただ「そう生きざるを得ない」だけなのだ、と。 いくつかの違和感を作品に仕込んだ監督。映画自体の長さもそうだった。 139分。少し不思議に思った。このシンプル(に見える)物語に、そんなにたくさんの時間がいるのかな、と。 テンポを上げようと思えば、いくらでも上げる事はできる映画だった。だからこそ監督にとってはこの「長さ」に意味があるのだとも感じた。 確かにそうだ。僕は映画を見ながら、ずっと色々な事を考えていた。 決して「マジョリティの普通」を否定して「みんな、さかなクンのように、のんのように生きようよ」と無邪気に訴える映画ではない。 むしろ「さかなクンとして生きる事」を見ている人に体感させ、 「さかなクン/のん」と自分自身との「距離」を考える時間だったように思う。 「男か、女かは、どっちでもいい」 そうだ、そんな事はどうだっていい。 でも、それなら何だろう。 どうでもよくないことって、何だろう?

悪い人が誰1人いない世界

- 4年前
見ていてとても幸せな気分になる映画でした。 不良が自分のナイフを使われる時の顔が何とも言えずよかった。声を出して笑ってしまった(笑) この幸福感は何だと思っていたけど、ふとそうか悪い人が1人もいないなあと思い当たりました。 悪い人間は1人も… 続きを読む

見ていてとても幸せな気分になる映画でした。 不良が自分のナイフを使われる時の顔が何とも言えずよかった。声を出して笑ってしまった(笑) この幸福感は何だと思っていたけど、ふとそうか悪い人が1人もいないなあと思い当たりました。 悪い人間は1人も出さないというコンセプトの元で製作されたのでしょうか。 悪くなりそうなキャラクターは何人かあった。 父。兄。不良。先生。ペットショップオーナー。水族館の職員。歯医者。テレビマン。 (あのテレビに出たらしい彼女はちょっと感じ悪いわ笑。少しね。決定的なケンカは見せなかったけど) しかし、結局はみんないい人だ。 全肯定の世界。 実際にさかなクンは「さかなの世界」であるとともに「全肯定の世界」で生きている。 (そもそも自分の半生のような映画で変態おっさんと呼ばれる役をやるってどんだけ器デカいねん笑) それを支えた母。全肯定の生みの親。 ミー坊の人間性でいい人間ばかり集まってくるのか、周りのいい人間の影響でミー坊がすくすくのびのび育ったのか。おそらく両方だろう。お互いの相乗効果。 こんな世の中にならないものだろうか。 こんな世界はあり得ないと言われる方もあろうがコレは理想の世界。半分はフィクションなのでフィクションくらいは幸せに浸りたい。願わくばこの幸せが拡散してほしいものである。 のんさんの独特の存在感。色気は全く感じさせないジェンダーを超えた人間的魅力(褒めてますよ笑)。それがとても胸にせまります。

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