不協和音
starstarstarstarstar - 3年前
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難しい、特に前半は追いつけない
全体的に余白が多く単純には物語が繋がらない
やたらと長いシーンが続くのに、登場人物も背景も上手く理解が出来ず、たぶん疲れてる時に見てたら寝てた。
話が進むにつれて徐々に輪郭が浮かび上がってくる感覚
つまるところ、権力を手にしたリディアが好き放題して周囲の信頼を失っていき没落していく話
ただそこにジェンダーとかヒエラルキーとか閉ざされた空間でのやり取りが入り込む事で複雑化している。
天才指揮者のリディアは女性でありながら男性社会のクラシック界で確固たる地位を築き、さらなる挑戦に挑む
そんなリディアを支えるのが、コンサートマスターのシャロンや彼女を師事するフランチェスカの2人。
シャロンとは娘のペトラをともに育て、公私共に支え合うパートナー。フランチェスカも厳しいリディアの欲求に応える優秀なサポーター。
リディアが独走してもそれを献身的に支える寛容な2人も、オルガの登場によりリディアを許容できなくなっていく。
オルガはトイレであったリディアに見向きもせず不遜な態度である一方でチェロの技術は一級品。オーディションの際に靴音でオルガを認識したリディアは彼女をオケに招き入れる。
そうとは知らないシャロンはオルガに苦言を呈すが、オススメのメニューは無視して、ろくに音楽の勉強もしていない天才肌かつ1人の人としてオルガにリディアはどんどん惹かれていく。そして彼女のチェロを動画で見たリディアはオルガのためにオケをさらに私物化していく。
また、リディアを師事していたもう1人の教え子クリスタが自殺したことも面倒ごとを避けようとしたことで逆に事が大きくなっていく。
リディアの心情を表したように、
ジョギング中に誰かの悲鳴が聞こえてきたり
止めたはずのメトロノームが夜響き渡ったり
隣人が扉を叩いて意味不明なことを言ってきたり
冷蔵庫の僅かな音が耳障りで起きるようになったり
娘のペトラが足を何かに掴まれ夜叫びをあげたり
誰かが家の中にいるような感覚になったり
夢か現実かわからない音に悩まされていく。
ミソフォミア。
(ホラー的な要素はきっとクリスタの霊みたいな感じなんだろうけどわかんない。知らず知らずのうちにリディアもクリスタに囚われていたのかな)
オルガとの出会いで歯車が大きく狂い、劇中に不快な音が響きだしこれまで燻っていた火種が各所で燃えがり始める。
ジュリアード音楽院で自身の思想に反する作曲家を嫌悪する学生を皮肉りながら責め立てる動画が切り取られ拡散される。
また、オルガを登用したことでオケに軋轢が生まれている中、さらに副指揮者セバスチャンの代わりを秘蔵っ子フランチェスカにするのは"リスク"と判断して代役を立てることにする。これによりフランチェスカは裏切りを感じるとともに堪忍袋の緒が切れリディアを追求する側へ回る。
これによりクリスタを忌避したメールが告発側の手元にいき、真相はどうであれリディアは指揮者の立場を追われてしまう。
これまで問題にされていなかったことが明るみに出始め、糾弾される様は現代社会の炎上化そのもの。
(原作は10年くらい前らしいから時代に合わせたらしいけど)
オルガに心酔していくリディアをよそに当人のオルガは
リディアの作曲した曲に躊躇いもなく口を挟み、
リディアの家でコーヒーやタオルを遠慮なく求め、
著者のイベントで共に渡米したにも関わらず話は聞いてないわ、誰かと悪口言ってるわ、嘘ついて遊びに行くわでリディアを利用するだけして奔放な態度をとる。
リディアはみるみるうちに周囲の信頼を失い孤立する。
再起を図ってアジアに渡り再び指揮者を務めるが、立った指揮台は観客がコスプレをしたゲーム音楽のコンサート。
冒頭のインタビューで話していた失脚した指揮者にリディア自身がなってしまう。
音を空間を司るマエストロだったリディアはヘッドホンを付けさせられオケの音さえも遮断されてしまう…
ただ、雑踏の中で譜面に向き合う姿は素敵だったかな。
レズビアンであるリディアは、マイノリティであるはずだが、ある意味ミソジニーというか男性的なな思考もあり、権力に驕った振る舞いをしていく姿がなんとも悲劇的だった。
個人的にはクリスタは被害妄想でリディアを陥れただけだと思えたし、貧乏ゆすりをするジュリアードの生徒がバッハを毛嫌いするのもわからなかったし、ペンをカチカチさせるセバスチャンも老害だと思えたし、リディアに同情的に見てたけど、自業自得になっちゃうのかな。
どっちかと言うと権力関係を利用する側を批判的に描いた作品ぽいけど、リディアに寄りすぎたかな。
見る人によって感じ方が変わりそう。
てか、2時間40分あると終わってたから知った。
長いとは思ったけど、
それにしては楽しんでみれたのかも。
加害者であり被害者。そして表現者
starstarstarstarstar - 3年前
『TAR』なぜこのタイトルなのか?終盤にその意味がわかります。
今、この時代に語られるべき物語です。
序盤はまるでドキュメンタリーを見ているよう。
ケイト・ブランシェットの演技がとにかく素晴らしい。
表面には出ないように取り繕いながらも、… 続きを読む
『TAR』なぜこのタイトルなのか?終盤にその意味がわかります。
今、この時代に語られるべき物語です。
序盤はまるでドキュメンタリーを見ているよう。
ケイト・ブランシェットの演技がとにかく素晴らしい。
表面には出ないように取り繕いながらも、その内面は興奮でゾクゾクしているのが手に取るようにわかり、その生々しい感覚が見ているこっちにまでダイレクトに伝わってきて、一緒にゾクゾクしました。
常に凛とした女帝のイメージをまとっている彼女が、恋する乙女みたいに骨抜きになってる演技は滑稽でもあり、かいがいしい演技は傷ましくもある。
さすがはアカデミー主演女優賞ノミネート。
今年のアカデミー賞のテーマは“ハリウッドドリーム”
平等なチャンスと正当な評価。「映画で夢を創る人の夢が叶うハリウッド!」だったと感じるので、エブエブ旋風が巻き起こるのにも納得。
でも、マイオスカーはブランシェット様に捧げたい。
どんな社会にも大なり小なり力関係があり、権力者の采配で決定することも多い。
とくに技術や数値など目に見える評価ではなく、表現力や芸術性といった主観に左右される分野では、実力の正当な評価はなかなか難しい。
ましてやプロとして対価を支払われる立場ともなれば、様々な利害関係も生じる。
そんな悪い慣習がはびこる業界に意識改革が起こっているのは誰の目にも明らかです。
アカデミー賞も、ボイコットやmeetoo運動を受けて差別/格差/ハラスメントを無くす取り組みが始まり、今年の賞に結びついたと感じています。
その一方で、急速な意識改革による“いきすぎた弾糾”が生じているとも感じます。
あたかも敗戦国の戦犯のような責められ方で全てを否定される。
実際、人の意識を変えるということは、敗戦国と同じような衝撃を受け入れることに他ならない。
昨日まで崇拝していた存在が悪になり、信じて疑わなかった価値観が覆される。
ローラーで地ならしをするように、関与の大小や影響に関係なく全てをリセット。
乱暴な荒療治だけれども改革するにはそれぐらいのことが必要で、私たちは今そのインパクトを目の当たりにしているのだ。
最新の価値観に照らし合わせて再評価していくなかで、過去の作品を擁護するのは甘さなのか?
悪しき価値観を引きずることになるのか?
一つの音から次の音へ。一つ一つの音の繋がりが音楽となり未来に続いていく。
歴史として振り返った時に、やっと答えが見えるのかもしれない。
本作の主人公は悪しき慣習のなかでサバイブしてきた。
音楽が自分を幸せにしてくれる筈が、いつしか地位や名声の為に音楽を利用して、周囲の人をも利用していた。
冷蔵庫の音にも過敏だった彼女は、街の雑踏の中に音楽を聴く。
音楽に優劣が無いように、人にも優劣はない。
全ての音楽に敬意を表するように、音楽を創る人、奏でる人、全てに敬意を表する。
そこから生まれた音楽は聴く人々の心に響き、またその聴衆にも優劣はないのだ。
圧巻のラストに心が震えました。
1回じゃもったいない
starstarstarstarstar - 3年前
開始60分のところで何名か会場を出ていきました。それだけ最初はダラダラつまらないシーンが続きます。開始70分のところで入ってきた人がいました。「今から?」と不審に思いましたが、見終わったあとで理解。後半は1回に見ただけではもったいないくらい… 続きを読む
開始60分のところで何名か会場を出ていきました。それだけ最初はダラダラつまらないシーンが続きます。開始70分のところで入ってきた人がいました。「今から?」と不審に思いましたが、見終わったあとで理解。後半は1回に見ただけではもったいないくらい伏線回収だらけです。きっとこの人は後半だけ何回も見に来ているのでは?と思いました。私も、もう1回観にいきたいです。ただ、途中入場はマナー違反なのでやめて欲しいですね。つまらないからと言って途中退場もやめましょう。この映画に限ってはラストシーン前に出で行くのは大損ですよ!
芸術(家)の行方
starstarstarstarstar - 3年前
何と華麗で、不気味な世界だろう…。キャリアを昇り詰め、ベルリン・フィル初の女性指揮者という要職に就いたリディアの人生の歯車が、リディアからの蜜を求める身近な周囲の人間や教え子の、やっかみ、ひがみ、ねたみ、裏切り等々によって次第に逆回転し始め… 続きを読む
何と華麗で、不気味な世界だろう…。キャリアを昇り詰め、ベルリン・フィル初の女性指揮者という要職に就いたリディアの人生の歯車が、リディアからの蜜を求める身近な周囲の人間や教え子の、やっかみ、ひがみ、ねたみ、裏切り等々によって次第に逆回転し始める。
映画冒頭から、誰のものかもわからないスマホのチャットで、彼女を取り巻く悪意のようなものが示される(たぶんフランチェスカがクリスタとやりとりしてたのだろう。スマホのやりとり画面だけで示される悪意は後にも出てくる。)次に、公開インタビューの登場待ちをするリディアが映し出される。緊張し、すこぶるナーバスな様子だ。が、一旦舞台に登場すると、にこやかに落ち着いて質問に答えるリディア。専門家ならではの話はとても興味深く、魅力的だ。
重責を担いながら、公私にわたる沢山の仕事をこなすリディア。それは並大抵の労力ではないだろう。音楽家が音楽のことだけを考えていればいいのなら天国だろうが、そんな時間は絶えず雑事に中断され、しかし本業をなおざりにするわけにはいかないのだから、日々のストレスたるや想像を絶するものだ。
ジュリアード音楽院の貧乏ゆすりをやめないバッハ嫌いの学生にリディアが言ったことは、至極真っ当なことだ。しかし後にそれが盗撮とでっち上げと悪意によって歪曲され、ネット上に流される。
情緒不安定な教え子のクリスタをどこかの楽団に推薦しなかったことが、リディアの罪だというのだろうか?情緒不安定な人間を推薦などできるわけないのは当たり前だ。クリスタが自殺したことで、何でリディアが告発されねばならないのか?
副指揮者のポストにアシスタントのフランチェスカではなく、他楽団の経験豊富な副指揮者を招聘することが、責められるべきことなのだろうか?それでなくても、更迭されるセバスチャンは、フランチェスカを抜擢するために自分は更迭されると思いこんでおり、楽団員たちもそう思っていると言っているのに。それにフランチェスカはアシスタントとしては健闘しているけれど、副指揮者という重責を担うのにふさわしいようには思えない。(クリスタからの最後のメールへの動揺ぶり、自分が副指揮者になれないことがわかった後の行動などから見ても。)
新人のオルガがソロに抜擢されたことは、責められるべきことなのだろうか?オルガのソロはオーディションで合議で決定されたことなのだ。
チェリストとしての技量はあっても、かなり無作法無礼無遠慮で身勝手なオルガ、映画の後半に再び登場する悪意のスマホ画面の主は今度はオルガだ。そんなことも知らず、オルガを可愛がるかのようなリディアは、責められるべきというより、孤独な立場にある者の悲哀を感じさせる。新入りで、若いオルガは、古参の多い楽団の慣習やしきたりや黙契のような様々な決まり事に縛られていない。他の楽団員にはないその自由溌剌さが、リディアには新鮮だっただろう。王というものが取り巻きに囲まれていても孤独で、宮廷に出入りし言葉に衣を着せない道化師を歓迎するのと同じだ。
リディアは脇が甘かったのだろうか?シャロンにオルガとの関係を難詰されたリディアは、フランチェスカが突然辞めて鞄持ちが必要なのだと答えている。確かにそういう側面があるだろう。同じ車に同乗していても、オルガはスマホばかりやっている。オルガはかなり自己中で、リディアを利用しているだけのように見える。
リディアは権力にあぐらをかいていただろうか?が、ベルリン・フィルの主席指揮者であるからには相応の権限というものがあるわけで、それを行使することでリーダーとして機能することができるのだ。注意深く観ていればわかるが、リディアは権力の濫用はしていない。権限を行使するときにはきちんと説明しているし、相応の気遣いもしながらそれなりの対応をしている。
リディアがもし女性でなかったなら、男性だったなら、この物語の後半のような歯車の逆回転は起きたのだろうか?
仮定だから確言できないが、どうもそうは思えない。ジュリアード音楽院の貧乏ゆすりをやめないバッハ嫌いの学生も、フランチェスカも、オルガも、リディアが男性の主席指揮者だったなら、もっと異なる態度だったのではないかと思われたりもする。となると、これは権力者の驕りの物語というより、(女性のなかにさえ)根深く残る女性差別や女性蔑視の物語だとも考えることができ、個人的にはそう考えるほうが腑に落ちる。リディアは指揮者としてのその技量と人格を評価され、ベルリン・フィル楽団員たちの総意で首席指揮者に選ばれたはずなのに、その基本部分での敬意というものが周りからあまり感じられず、利用できる駒のように見做されているのはどういうことなのか。
甘く見られてる、ということなのか。
アンドリスを除いて、リディアの周りにいる人間たちは、何とかリディアから甘い蜜を吸い取りたい人間ばかりである。フランチェスカ然り、クリスタ然り、シャロン然り、カプラン然り。そして思い通りに蜜を獲得できないと、フランチェスカのように、突然仕事を放り出し、あの手この手で卑劣な報復をする。(クリスタ側の告発にも、ジュリアードでの講義の恣意的に歪曲された画像の悪意にも、リディアのスコアファイルが消えた謎にも、いずれにもフランチェスカが関与しているような…。)
芸術家や芸術が、告発やSNSの悪意によって潰されていく光景を見ていると、文革時代の中国(を描いた映画)を思い出してしまうのは、わたしだけだろうか?(アンドリスは戦後ドイツの非ナチ化裁判の頃が告発頻発の時代だったと言及している。)文革は中国だけの話だったが、今の時代は世界規模で拡大した文革が始まっているかのようだ。SNSによって、地球上に吐き出される人間の悪意はものすごく増大したのではないかという気がする。SNSでなくても、クレーマーの時代。隣家の相続人から「騒音がすると売れる家も売れなくなる」などと音楽=騒音扱いされたら、音楽家は立つ瀬がない。告発されたら有罪と同じの告発、でっち上げや歪曲し放題のSNS、そして隣家のクレーマー。文革化した世界は本当に恐ろしい。
追い詰められ、職を失ったリディアは自暴自棄になったり自殺したりせず、新天地に移動し、そこで本来の仕事を再開する。そんなリディアは本当に素晴らしいと思う。
それにしても、ピアノを弾き、アコーディオンを奏で、指揮棒を振り、きれいなドイツ語を話し、栄光の極みから追い詰められ精神のバランスを崩すところまで演じきったケイト・ブランシェットに、アカデミー賞主演女優賞が授与されなかったのは、不可解だ。ハリウッドにもこの作品と同じような問題があるということか…。あるいはバッハ嫌い学生と似たようなポリティクスに、ハリウッドも汚染されているということか…。
☆4.0
starstarstarstarstar - 3年前
初見はターを通してジェンダー規範に関係なく権威を持った者の振る舞いの横暴さ、地位にしがみつき続けようとする醜さを描いているように思えた。己の権威を笠に立場の弱い者たちに餌をちらつかせて都合よく性的に利用・搾取し、気に入らない者は学生でも子ど… 続きを読む
初見はターを通してジェンダー規範に関係なく権威を持った者の振る舞いの横暴さ、地位にしがみつき続けようとする醜さを描いているように思えた。己の権威を笠に立場の弱い者たちに餌をちらつかせて都合よく性的に利用・搾取し、気に入らない者は学生でも子どもでも黙らせ、独善的に物事を決め、プライドと仕事に対する情熱と功績は他の比肩を許さず、一方で家事育児には都合の良いときだけでほとんど携わらない。
やってること権力者のおっさんやないか。
そう、しかも彼女は女性でありながら女性の地位向上に対する意識は著しく低く、むしろ努力すれば男女は関係ないと女性指揮者の梯子を外すような発言をし、ショーペンハウアー(音に敏感で神経質、女中を階段から蹴落として裁判[当然賠償]になる、若い女は美しいから好きだと言いつつ、女性蔑視な主観を羅列した文を発表した哲学者)に感情移入し、オーケストラの「部下」に当たるシャロンを妻にし、シャロンに家事育児はほぼ全振りした挙句都合の悪いことは全て秘匿してきた。
やってること権力者のおっさんやないか。(2回目)
しかし、彼女は最初から「そう」だったのだろうか。オーケストラの指揮やピアノの演奏をすべて自分で演じたケイト・ブランシェットの圧巻の演技力のせいで、世界最高峰の芸術家の力への欲望と転落、音楽への情熱が際立つが、物語終盤のターの生い立ちが垣間見えるシーンでそれは否定される。
他の業界の例に漏れず男性優位のクラシック界で女性初の首席指揮者になったターは、女性であると同時に性的少数者のレズビアンであり、クラシックを嗜むような富貴な家柄の生まれでもない。家の造りからアメリカの保守的な地域だと推測すると性的少数者故の困難にも遭ったはずだ。
おそらくクラシックに無関心な近親者からサポートも得られず、孤独に必死に血の滲むような努力と数々の屈辱も味わって生き残り成り上がったのだろう。そう思えば冒頭のインタビューで述べた男女は関係ないという女王蜂症候群的発言も頷ける。
あらゆる立場の人間でも権力を持てば少なからず横暴になる皮肉を描いた面は大いにあるだろう。本作では立場を利用したセクハラやパワハラは悪きこととしてきちんと否定されている。
だがそれ以上に、過剰適応の結果まるでマジョリティと同じ振る舞いをするマイノリティの姿を描くことによって、現実のマジョリティの横暴さ、ターが「そう」ならなければ生き残れなかった現代社会の闇が背後から引き摺り出される非常に巧妙な毒が仕込まれているように思う。
ターは実在しないが、「そう」しなければ生き残れない「彼女」はどれだけいるのだろう。
《余談》
①ラストシーンを含め、製作者側にアジア人に対して子どもの性を売る、未開で劣った、云わば「堕ちた」白人の行きつく場所というイメージがあるのかと疑問が残った。
②おそらく一部はニューヨークメトロポリタン歌劇場(MET)の首席指揮者で名誉音楽監督のジェームズ・レヴァインの事件が基になっている。(40年間METトップに君臨していたが、2017年に1人の男性からセクハラを告発された)
(字幕翻訳:石田泰子)
頂点の先にあるもの
starstarstarstarstar - 3年前
ベルリンフィルの第一指揮者にまで登り詰め、実力、名声、冨、全てを手に入れた女性指揮者tarが、その力を行使するたびに、人として大切なものを少しずつ、けれど確実に失っていく。
残念ながら、肥大した自我はその喪失に気づけない。
ケイト・ブランシェットの怪演も圧巻。
最後は、サブカル音楽世界に身を落としても、力を抜かずに向き合うtar。
音楽だけには誠実だったtarは哀しくて、清々しい。
ケイト・ブランシェットのすごさを楽しむ映画
starstarstarstarstar - 3年前
観た映画 TAR 20230701
気になって、観損なってたんですが、ようやく。
なんだろう、面白いっていう範疇ではなくて、凄い映画でした。リディア・ターっていう著名な指揮者が、まあレズビアンなんですが、なんでも自分の思い通りに周りを動… 続きを読む
観た映画 TAR 20230701
気になって、観損なってたんですが、ようやく。
なんだろう、面白いっていう範疇ではなくて、凄い映画でした。リディア・ターっていう著名な指揮者が、まあレズビアンなんですが、なんでも自分の思い通りに周りを動かしていく。そこに生まれるはずの軋轢が生まれない代わりに、現代らしい告発がなされる。で、どんどんターは社会的に追い詰められていくって話なんですが、その権力の乱用や、それに対する告発がじんわりとしていて、やけにリアルに感じるんです。
しかし、何といってもこの映画はケイト・ブランシェットを観るための映画としか思えない。オーケストラっていう舞台も、著名な指揮者であるっていうことも、権力をもてあそぶキャラも、告発を受けて追い詰められる姿も、全部ケイト・ブランシェットに演じさせるためのシナリオ・設定。とにかくケイト・ブランシェットの演技がすごい。いやーあんな恐ろしい魔女顔になっちゃって、なんて思ってましたが、凄い人なんですね。
ちなみに、前の席の人の背が高くて、字幕が半分見えずの状態でこの観応えだったので、ホントすごい映画なんだと思います。
シャンテ、席どうにかしてほしいな。
#TAR #ケイト #ブランシェット
ケイトブランシェットが凄い
starstarstarstarstar - 3年前
面白かった。ケイトブランシェットが凄い。英語の発音や滑舌からして凄い。TARのオーラも自信も苛立ちも恐怖も壊れていく様も、とにかく凄い。長時間を感じさせずあっという間に終わってしまった。
圧巻の演技
starstarstarstarstar - 3年前
ケイトブランシェットが、まるで実在の音楽家としか思えない実在感。主人公tarのパワハラが狂気的とのレビューもあるが、個人的にはまったくそう思わず。男子生徒への叱責もクリスタへの対応も必ずしもtarが悪いとは思えない。自身の強さと正しさを過信した孤高のカリスマが、コミュニケーションの齟齬と思わぬ反感から足元を掬われる話。
迫真の演技
starstarstarstarstar - 3年前
ケイトの素晴らしい演技力で成り立った映画
ファッションも楽しめるけど、前半の1人芝居のようなセリフの多い喋りまくる場面は、音大出てもわかるのか?ブラームスの解釈とか。
チェロの演奏部は素晴らしいが、全体的にクラッシック音楽がバックにあってもよかったな、と思います。
女一人で味方もなく、だと生きづらい世の中だ。
もう一度見て検証したい映画
starstarstarstarstar - 3年前
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このところ観た映画は結末までの筋が何となく想像出来るものばかりだったのだけれど、これは前半はどこに着地するのかよく分からなかった
サイコスリラーなどという惹句が前宣伝としてあったのも私には良くなかった
だってホラー苦手なんだから構えちゃうでしょ!
確かに前半の作りはホラーっぽい怖さを感じさせる作りだった これはター視点の感覚を含む映像なのだなぁと見終わった今は思う
特に怖いことなど起こっていなかったのだから
それだけターが過敏になっていたって事なのね
手を洗ったり消毒したりするシーンも多かったし
私はターは終始音楽にはきちんと向き合っていたと思う(多分に独善的であったかもしれませんが)
だから彼女を転落させた人たちへの憤りを感じた
でも、最後に演奏している彼女はいろいろなものから解き放たれた良い表情だったと思う
きちんと向き合ってさえいれば音楽は裏切らないのだ
tarのスタイル良すぎ
starstarstarstarstar - 3年前
tarの毎日のコーデネットに目を奪った 最高過ぎる
どうしても…
starstarstarstarstar - 3年前
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素晴らしい演技力のケイトブランシェットなんです!圧巻の演技力は、星5つなのですが…物語にどうして納得できなかったのです。
世の中に存在しない指揮者「ター」ですが、いやいやまさにケイトブランシェットが「ター」そのもの!と思っていたら、やはり監督は彼女の為に書いたとの事…
圧巻の演技力は、アカデミー賞でも間違いないと思います。ただ作品に凹凸が少なく、多分みていた観客は、圧巻の演奏が聴きたかったけど…それは無理だったみたいです。
既にケイトブランシェットの演技に魅了されていた観客は、彼女の圧巻の演奏…いや指揮を本当は見たかったけど…多分それがなく星が伸びなかったのかと思います。
途中、生徒とのやり取りに、ワンカメ・ノーカットになって、どうしてなんだろうと、ずっと上映中も思っていました。
全て彼女の潔白を証明する為でしたね。
アジアでマッサージを受ける時、番号で女の子を選べは、女性が物としてしか扱われない嘔吐でしたね。
唯一残念と思えたのは、なぜエンデテイン曲に、オーケストラの曲を使わないのだろう…そう思いました。
物語の伏線が沢山ある作品だったからこそ、もう少し納得の出来る終わり方であって欲しかったです。
うーん
starstarstarstarstar - 3年前
自分は観ててもよくわからなかったかな
こうゆう作品好きな人たくさん居そうですが。。。
実話かと思ってしまった
starstarstarstarstar - 3年前
タクト振るシーンの激しい表情は息をのみます。
でもこの映画の尺はどうしてもいらないかな
構成ももう少し分かりやすくしてくれたらなと贅沢言います
人間に扱えない神様の権力
starstarstarstarstar - 3年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
ターが手に入れた神にも近い権力が彼女自身をも壊していたのだろう、ター自身も権力に振り回されていたんだろうなと思う映画だった。最後に権力を失ってアジアの片隅で行われてる権力の濫用にター自信の行いよりも直接的に見られた時にターが嫌悪感を感じたのは罪悪感か元々の繊細さか、私には答えが出せなかった
見ていて神経が張り詰め続けるばかり
starstarstarstarstar - 3年前
まさに息つく暇もないくらい、ストーリーが展開していく。難解な芸術論が続く始まりから、一気に主人公の異常性、そしてそれ故に待ち構える世間の罠の数々、そして転落していく姿が次々と展開される。その間にも挟まれる難解な言葉、言い回し。しかし、それら… 続きを読む
まさに息つく暇もないくらい、ストーリーが展開していく。難解な芸術論が続く始まりから、一気に主人公の異常性、そしてそれ故に待ち構える世間の罠の数々、そして転落していく姿が次々と展開される。その間にも挟まれる難解な言葉、言い回し。しかし、それらの難解さは監督が仕掛けためくらましのようなものだと思った方がいい。一つ一つの理解に拘らず、主人公の狂って行くさまを見続けるのが、この映画の楽しみ方だろう。主人公が育った古いレコードの世界がYouTubeやSNS、メールなどの世界に崩されて行く様子も面白い。
世界の隔たり
starstarstarstarstar - 3年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
Tarの主観的世界と周囲世界の隔たりが
何と大きいことか。
自分の行いに対する無自覚さ。
様々な雑音や靴音にも敏感なのに、
周囲の人の心には気付かない。
しかし彼女が垣間見せる愛情や優しさは、
利害とは無縁。
要介護者を思わず助ける行動。
あの嫌悪感からの嘔吐。
眠るまで足を持ってあげること。
すべて彼女本来の人間性のはず。
気づきが隔絶を取り払ってくれるといいが。
気づいていないとも受け取れる終わり方。
しかし私は希望的だったと思いたい。
作中でも出てきたフルトヴェングラーの番組を見たばかり。
卓越した人物はその置かれた立場から
負うものが大きく。
周囲からは勝手に何かの象徴として
祭り上げられたり糾弾されて叩きのめされたり。
今作中でも、周囲の人々の異常性や恐ろしさをも描いていました。
パワハラ、セクハラ、モラハラか、
情事のもつれなのかストーカーか。
公私混同か妥当な職権的決断か。
ひりつくようなスレスレの表現で描かれる。
どう観てとるか判断を委ねられる。
また、個人的にはインターホンのあの独特の、
微妙に音程が外れたような音が昔から不気味で。
あと寝る時の足元の心もとなさ。
足元に猫がのってるとどれほど安心か。
やっぱりあの怖さは万国共通だったのねと
安心しました。
チェロがいっぱい聴けてよかった。
ポータブルトイレは安全の為ベッド横に置いてほしいな…とも。
もう一度見て確かめたい
starstarstarstarstar - 3年前
いっぱい、見落とした気がしたので。もう一回見てもきっと飽きない。ケイトの演技とか、指揮者っぷりとか二回目の方がおもしろいかも。
これは幻想か現実か…
starstarstarstarstar - 3年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
5/13 イオンシネマ座間
こういう堕ちる女性役はケイト・ブランシェット以外やってはいけないと思ってしまいます。
そう、どうしても『ブルージャスミン』を思い出してしまうんですなぁ。
彼女のあの笑顔、前半とクライマックスとでは同じ表情でも、意味合いが全く違う表現に恐怖すらかんじました。
生活レベルを下げられない元セレブの『ブルー〜』は非常に解りやすかったですが、本作は逆に些か解りにくい。しかしそれが本作では凄くいい感じに仕上がってまして、オーディエンスに考察させる作りといいますかね。
こう、どこからどこまで現実なのか、ひょっとしたら全てがリディアの幻想だったという解釈も当てはまりそう。
それでいて『ビューティフル・マインド』や『シャッターアイランド』のようなオチでは無いというね。個人的にはそんなオチでも良かったですが(笑)
大いなる力には大いなる責任が伴う
starstarstarstarstar - 3年前
全てをコントロールしないと気が済まない。
それが指揮者の役割であるがまさにそれは絶対的な権力の象徴である。オーケストラの中だけでなく、その支配は私生活までに及ぶ。男、女、どちらでもない者、他人の子供、その全てに。
「大いなる力には大いなる責… 続きを読む
全てをコントロールしないと気が済まない。
それが指揮者の役割であるがまさにそれは絶対的な権力の象徴である。オーケストラの中だけでなく、その支配は私生活までに及ぶ。男、女、どちらでもない者、他人の子供、その全てに。
「大いなる力には大いなる責任が伴う」
と、蜘蛛男のベンおじさん、いやメイおばさんが言っていた。
その責任を背負いきれなかった者はどうなるか。
自らのエゴを肥大させていったらどうなるか。
答えはこの映画にある。
人との対話の方法が、インタビュアーが質問しているのにも関わらず話を挟ませないほどに自信満々でマウントを取りながらであったはずが(ここは話の内容云々ではなくその話の流れを終始リードするのはどっちかを表すシーンと思った)、しまいには若い小娘に振り回される始末。
リディア・ターを乗せた車をカメラは上から捉える。まさに上から目線で。神の目線でもある。それがいずれ下から地面を這うようなカメラアングルに変わる。
「圧巻のラスト」とかラストをあおる宣伝方法であるがラストだけに期待せず、リディア・ターという人間の生き様を見届ける映画である。そしてそのラストの先に思いを馳せる映画である。
決して人生を肯定するような甘い映画ではない。が、こういう映画が大好きである。
こういうのだーいすき
starstarstarstarstar - 2年前
もう一回見るー!!!
天才だってひとりの人間
starstarstarstarstar - 2年前
字幕のせいか随分高圧的な口調で人と接しているな。多才であっても人との付き合い方に問題があった主人公。エゴで冷淡、仲間が自分から人が離れていくその孤独感に天才も凡才もない。悲運は身から出たサビと言うべきか。
NYを出されベルリンに戻った際、昔の恩師の指揮者のビデオをみて初心に返り、改心したシーンに救われた。ヒューマンドラマだ。
2023.12.12
難解だったけど素晴らしい映画なのは間違いなし
starstarstarstarstar - 3年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
自分には難しい映画だったかな。
音楽への姿勢自体は素晴らしいけど行き過ぎた権力行使でキャリアが潰れたのは仕方ないかな、程度の理解だったし、ラストシーンは再生と捉えていいのかも疑ってたし。
とは言っても、ケイト・ブランシェットの演技は圧巻。
物音や悲鳴がタイミング悪く何度もホラー的に聞こえてきたのはまるで自分が追い詰められた気分になったし演出も見事でした。
現代社会の闇
starstarstarstarstar - 3年前
ケイト・ブランシェットの鬼気迫る演技が良い
ターの傲慢さよりもポリコレ学生とキャンセルカルチャー側の傲慢さの方が印象に残った
カリスマの指揮者を徹底的に描くと同時に狂気的な時代も炙り出す傑作