「差別してません」という差別
starstarstarstarstar - 8年前
面白かったなぁ
アートというのは、作品を創作した者も、その作品を展示する者も、それをしたり顔で理解した風な観客も、所詮、自己満足であり、そうやって人は他人を見下し、差別化しているのだと訴えかけくる作品だった
スウェーデンのコペンハーゲン… 続きを読む
面白かったなぁ
アートというのは、作品を創作した者も、その作品を展示する者も、それをしたり顔で理解した風な観客も、所詮、自己満足であり、そうやって人は他人を見下し、差別化しているのだと訴えかけくる作品だった
スウェーデンのコペンハーゲンにあるX-ロイヤル美術館では「ザ・スクエア」という作品を展示する
それは、ただ、床に描かれた正方形であり「この四角の中では、人はみな平等。ここは思いやりの領域です」という
そこで、私は思わずツッコミを入れてしまう
「人々が平等なのは、その小さな四角の中だけなのか!」と
もしも、社会が本当に平等ならば、そんな「領域」は必要ないのに
なぜ、その「領域」か必要なのか
それを「アートだ」と言って展示している人たちこそが、貧乏人を見下していて、そのアートの存在こそが、傲慢なのに、誰もその異常さに気付かない
この映画では、主人公で、美術館のキュレーターであるクリスチャンが、そんな「平等な社会」の理想と現実に気付くまでの物語である
そして彼が世に送り出した芸術は爆発する
現代においては
アート作品を発表し、それが反感を買い、ネットで炎上し、名前が売れるまでの全てを含めて、その全てがアーティストによるパフォーマンスなのである
これは、批判されればされるほど、作者の名前が売れ、知名度が上がるという現代を見事に描いた作品だった
思いやり:マナーと利害関係
starstarstarstarstar - 8年前
スノッブな美術館のキュレーターが主人公というのが面白いです。現代美術の展覧会と彼の日常生活がシニカルに描かれます。
思いやりとはマナー・作法のように思っているが、自分の日常生活が侵されない範囲においてという制限付き。自分の利害・損得第一に考える方がシンプルに見えた。
bunnkamuraル・シネマ
starstarstarstarstar - 8年前
映画自体が現代美術のような。
スクエアを感じる画が多いけども、それがよき。うるさすぎずに観ていられるいくつものシーンがある。
少し長い流しもあるけど、全体を通したらそれもいいのかなあ、、、ドラマでもない映画だからこそ、無意味にも思えてしまう… 続きを読む
映画自体が現代美術のような。
スクエアを感じる画が多いけども、それがよき。うるさすぎずに観ていられるいくつものシーンがある。
少し長い流しもあるけど、全体を通したらそれもいいのかなあ、、、ドラマでもない映画だからこそ、無意味にも思えてしまうシーンが生きてきて。もっと短く出来るかもしれないけど、この長さだからこそ1つ1つのシーンが生えたのではないかな。
現代美術って与えられたものに意味をつける、ようなふしを感じるからこの映画自体がそうなのかと。まあ、お尻は痛くなるけどあと30分ぐらいなら長くてもギリギリセーフ
損はない
starstarstarstarstar - 8年前
今の時代にぴったりな社会問題、差別など様々な事が組み込まれていた作品。
客観的に見ると面白いし、クスクスっと笑ってしまう。
けど自分がそこにいたら笑えないし気づかない。
今まで貧困差別に気づいていたけど、現実を見ていなかった事…
現代アートとは…
など。
個人的に今感じている事にぴったりな好きな作品です。
反省を促す
starstarstarstarstar - 2年前
災難続きのようだが、身から出た錆。主人公は徹底的に反省することが必要。この映画を観る人たちも、反面教師として。
貧困差を問題提起した作品
starstarstarstarstar - 6年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
フライヤーでは、「絶賛」の文字が踊っていたから、観てみた。
格差社会を問題提起した内容だったけど、上映時間が長過ぎて、終わりが待ち遠しかった。
昔は日本でも道で物乞いする人が多かったけど、今は見なくなったね。
「思いやりの聖域」のサブタイトルが付けられている通り、「全ての人が公平に扱われる」をテーマにしているけど、セレブや富裕層の、貧困層への接し方を暗に皮肉っているようにも思えた。
難しい内容で、途中で登場するモンキーマンや女性とベッドインするシーンは必要なのかな⁉️
運が悪いときもある
starstarstarstarstar - 8年前
誰でも運が悪いな!というときはあるけど、それが立て続けに起こって、とても不幸になっちゃった人の話…だと思いました。😔
貧困層が束になって攻撃してるよう
starstarstarstarstar - 8年前
立川シネマシティで鑑賞
上映最終日に鑑賞。時折吹き出す場面があるが、ラストは消化不良。結局、貧困層と金持ちは分かり合えないということか。
カズの原理で言えば、貧困層が圧倒的に有利。あの人達が束になってかかって来たら、到底かなわない。
平等なんて有り得ない。互いに踏み込んではいけない領域。それが2つの社会なのだと思う。
この軋みが分かるかい?
starstarstarstarstar - 8年前
イラン、ロシア映画かと思った!
大衆と過激な表現
starstarstarstarstar - 8年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
①少女爆破動画
多くの視聴者から酷評が寄せられたため美術館として取り下げると、一方で「表現の自由の限界を」と批判されたPR動画事件。
確かに私自身もこの動画を見た時にあまり気分はよくなかった。
しかし、映画内では記者から「なぜ黒髪の少女じゃなくて、金髪の少女(スウェーデン生まれの少女)にしたのか?」という質問が寄せられていたことに引っかかった。つまり、記者は「少女を残酷に痛めつけたこと」を批判しているのではなく、「自国民であること」に注目しているのではないかと感じるからである。
また、映画内では神の視点から、この動画を作ったのが「ひたすらに過激さを求めて拡散したことを手放しに喜んでいる広告マン」であると分かっているが、
もしその前提なく観た時に「紛争地域ではこのようなことが起こっており、その事に目を向けてほしい」というメッセージの見え方がどう変わるのかと考えてしまった。
②モンキーパフォーマンス
寄付者を集めたパーティで行われた猿人間のパフォーマンスは非常に緊迫したシーンであり、見ていて不快になる強烈さだった。
そして、最初の中年の男性が追い出された時は誰も助けには行かず沈黙し、暴力が徐々にエスカレートしていき最後に女性へと向かった時に老人が止めに入り、その後に次々とパフォーマーに群がっていったシーンは、“大衆心理”の弱さと怖さを感じさせられた。
全体を通して、「大衆と(テロや暴力なども含めた)過激な表現」について、皮肉や日常を通して伝えていた点が印象に残った。