(。-`ω´-)ンー
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
映画化されると言うので原作を読んだのだけれど原作も(。-`ω´-)ンーって感じで、それでもと思って映画観たのだけれどやはり(。-`ω´-)ンーって感じだった。 これは正しくネグレストでこんな勝手な話しあるのかと。された息子に傷を残しておいて自分は認知症で忘れていくって。 最後のいずみの涙流す意味が分からなかった。 全体的に薄い内容が感じがした。
国内最大級映画チケット予約サービス アプリで開く
『告白』『君の名は。』をプロデュースした川村元気の同名小説を自身が監督し映画化。ふたりで生きてきた親子の、愛と記憶と忘れられない事件を巡る物語。 レコード会社に勤務する葛西泉(菅田将暉)とピアノ教室を営む泉の母・百合子(原田美枝子)は、過去のある事件をきっかけに、わだかまりを感じながら過ごしていた。様子がおかしい百合子を不審に思った泉は病院に連れていき、認知症と診断される。症状は日に日に加速、泉の妻・香織(長澤まさみ)の名前も分からなくなる。ある日、百合子の部屋で一冊のノートを見つける。そこには、母の秘密と泉にとって忘れることのできない事件の真相が綴られていたー。
映画化されると言うので原作を読んだのだけれど原作も(。-`ω´-)ンーって感じで、それでもと思って映画観たのだけれどやはり(。-`ω´-)ンーって感じだった。 これは正しくネグレストでこんな勝手な話しあるのかと。された息子に傷を残しておいて自分は認知症で忘れていくって。 最後のいずみの涙流す意味が分からなかった。 全体的に薄い内容が感じがした。
認知症介護の経験がないと理解し難い話だと思います。 人は記憶を共有できていることで、多くの共感を得ているので、片方の記憶が抜け落ちて曖昧になっていくと共感そのものが薄らいで、感情そのものが薄れていきます。 そりゃ介護なんて辛いことだらけです。 マイナスなことの方が100倍多いですもの。 画面には描かれない厳しい事柄も裏にはあると想像します。 そんな中、突発的な事故のように記憶が戻ることがあり、それに引き出されて幸せだった頃の自身の記憶が呼び覚まされる。 殺していた感情が戻ってくる。 そしてまた苦悩するのです。 今回の話は、菅田くんの演技はむしろどうでもよくて(失礼!)、原田さんの認知症演技がすごい。 認知症独特のあの焦点の定まらない眼の表情が心を抉ります。なぜか症状が進むとみなあの眼になるのです。 全ての人にあの映像を理解しろというのは難しいと思います。 まあ、そういう意味ではニッチな作品かもしれません。
全体的にあっさり薄味的な内容。 予告が気になり楽しみにしていたが「ん〜」って感じだが、一部の女性の方には共感があるかもって思いました。 なんか色々勿体無いなぁ〜って思いました。
認知症の方と関わった経験があるかどうかで感想は変わってくると思います。 一般的に見れば母に冷たい態度を取る息子に見えますが、実際自分の家族が認知症になってしまったら大体の方は受け入れられない等複雑な心境だったり、自分の思いが母に伝わらずにイライラしたり、冷たい対応を取ります。私には最大限寄り添っているよう見えました。 もし介護が身近になった時に見ると非常にいい教材だと思います。認知症のことを本で勉強するよりも、必ず一致するわけではないが記憶がちぐはぐになっているのをよく表現出来ていると思う。よく言う認知症の方の言動を否定しないってやつが伝わりやすいなと思います。 普段生活していてなかなか認知症の方の表情や仕草を見る機会はないと思いますが、演技でないように思てしまうほど上手かったです。
苦しい現実が美しい映像と音楽で、何とか受け入れられた。過去と現在の切り替わりの表現も素敵だった。母百合子の脳内の戸惑いが映像で表現されていて、見ていてとても苦しかった。終始苦悩している泉の表情が、終盤に母百合子と一緒に過去を思い出すシーンで涙を流し、少し救われる表情になっている気がした。映像の撮り方で心情がとても伝わるのが良かったが、少し酔ってしまうのが残念。震災のシーンもあるので、注意が必要。私の祖母が認知症で、徐々に話が噛み合わなくなる経験をしているので、劇中の母百合子と泉のやり取りが出来なくなっていく様がとてもリアルで、胸を締め付けられた。また何年後かに見ると感じるものも変わってくる映画なのだと思う。この映画を今見られて、とても良かった。
見逃している部分があるのか、答えがわからなかったです。 原田美枝子さん綺麗でした。
予告を見て期待していた感じ 違いました。 認知症の映画というより 母の罪悪感の内容のような気がします
この映画の役者たちの演技は、全部の力を出し切って10割とすると、6割くらいの力の抜き具合だった。7割ではなく5割ではなく6割なのである。 といっても6割の力しか出せなかったのではなく、本来は10割の力を持っていながらも全力10割の力で6割に見せるようにしている(わかりにくい?笑)これは大変高度な技術だと思う。 主演の方だけでなく全部の役者。 (そういえば力の抜き方を覚えたら一流とアスレチックスのチックくんが言っていたっけ) 長回しワンカットのライブ感を多用し現実にありそうなリアリティーを出しつつ役者の6割の演技でさらにどこにでもある日常のひとコマにすることに成功している。 長澤まさみの「私も逃げ出したくなるかも」という言葉には誰でも(私を含めて)この先どうなるからわからないから一度の間違いをいつまでも引きずっている夫に対して戒めている意味があり、また昨今の不倫を犯した芸能人たちを決して許さない世の中の風潮をも戒めているようにと聴こえた。 一方で置いて行かれた子供の絶望感はとてつもなく大きく決して許さないという気持ちもわかる。許さないというか無かったことにされたくないという気持ちが強いか。それが足枷となり本当はお母さんのことが好きなのに許せない自分が許せないという感じに見えた。 1番印象に残ったのは母の決定的な日記を読むシーン。内容は全く示されず。ただ嘔吐する。 それで嫌悪感がありありとわかる。 (原作には日記の内容に話の筋も預けている) これは原作者が脚本者を兼ねているからこそできる芸ですね(笑)この生々しさ。 ある意味「チームアメリカ」のあの素晴らしきゲロシーンに匹敵する(量は敵わないが笑)。 まさに小説にはできない映画のみに許されたワザ。 心に沁みました。
何を言いたいのかわからない映画だった。内容にまとまりがなく見ていて飽きてしまった。
認知症テーマの映画はどうあってもつらいのだが、忘れるということは時として必要なことであるという示唆に富んでいて腑には落ちた。