蛇 蛇鶴八歩 「悲しみ」変換共有装置
starstarstarstarstar - 4ヶ月前
オープニング。
カメラはきれいな新緑が風にざわめいているのを下から眺めることなく眺める。
そんな森の中に沈むアグネス。
風の音がきこえる。
そういえば現実でも新緑の季節。瑞々しい緑がまぶしい。いつも桜が咲いてそして散った後、ふと気づく。新緑… 続きを読む
オープニング。
カメラはきれいな新緑が風にざわめいているのを下から眺めることなく眺める。
そんな森の中に沈むアグネス。
風の音がきこえる。
そういえば現実でも新緑の季節。瑞々しい緑がまぶしい。いつも桜が咲いてそして散った後、ふと気づく。新緑がきれいと。
しかし急に1日で新緑が完成するわけではない。気づかないだけだ。
なるほど。劇中でのおばあちゃんの言葉。「決して当たり前と思わないで。子供が遊ぶことや心臓が動いていることを」。
季節はいつの間にか始まっていていつの間にか終わっている。ただ漫然と時を過ごすな。全編を通して静かに今の大切さを教えてくれていた。
シェイクスピアの物語ではあるが、これはひとつの家族のお話。普遍的な家族の話と言える。
ただ違うのは、すれ違い混じり合うことがなくなった夫婦の心象風景を「演劇」というものを使って表現し心底修復することができるということだけだ。
これが一般の家庭ならばこのラストに結びつくことはなく離れていたままだったかもしれない。
昨今、本当にこのような映画の中の映画、映画の中の演劇、映画の中の小説など、エンタメのコラボが増えたなあ。AI技術やフェイク動画などの急激な進歩によりどんな映像でも作れるようになって拡大し続けている世界と逆に、「入れ子構造」で枠をたくさん作って自ら枠に囚われていくことに映画界が活路を見出しているようにも思われます。
いやただ映画の中で映画を見るシーンや演劇を見るシーンを見るとなんか単純にうれしい気持ちになりますね。それだけかも笑。
悲しみ方は人それぞれで決して比べるものではありません。だからこそ共有するのは難しいです。そんな中で違う媒体を使って表現するのは正しいのかもしれません。
映画、演劇、小説などは本来悲しみを共有するためにつくられたのではないかと思っています今この映画を見て。
k kkk boltネタバレ
自然と調和
starstarstarstarstar - 5ヶ月前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
ハムネット
非常にクロエ・ジャオ監督らしい、自然と人間の距離感、そして静寂の中に潜む様々な音を丁寧に描いた、芸術性の高い作品だった。
本作は、多くの人が触れてきたであろう『ハムレット』の誕生に着想を得た物語であり、フィクションを交えつつも、その背景にある感情や出来事に光を当てている。とりわけ『ハムレット』を知る人にとっては、重なり合う要素が随所にあり、感情を強く揺さぶられる作品になっていると感じた。
一方で、『ハムレット』に馴染みのない観客にとっては、やや解釈が難しく感じられる部分もあるかもしれない。自分自身も特別この作品に深い思い入れがあったわけではないが、それでも本作が描く解釈や感情の流れには心を動かされる場面が多く、十分に楽しむことができた。
大切な人を失ったときの痛みや、その受け止め方は人それぞれであり、たとえ家族であっても決して同じではない。ときに理解し難いほど異なる悲しみの形が存在する。しかし本作は、それらを無理に分かち合おうとするのではなく、自然と調和しながら、少しずつ寄り添い、理解へと近づいていく過程を静かに描いている。その在り方がとても美しく印象に残った。
また、一人の中で世界が終わったとしても、世界そのものは変わることなく続いていく。だからこそ「死」は終わりではなく、世界の中で新たな形として存在し続けるものなのだと、本作は静かに語りかけてくる。その感覚に、ある種の美しさを感じた。
ノマドランドが好きな人、そして『ハムレット』に思い入れのある人には、確実に刺さる作品だと思う。
上映後の河内大和さんによるトークイベントも非常に興味深く、作品への理解をさらに深めてくれる充実した時間だった。
ヘ ヘルヴァ boltネタバレ
沁みる美しい映画
starstarstarstarstar - 4ヶ月前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
喪失の物語
大切な人の死を乗り越える
そのために何をするか
それは人それぞれだけれど
この家族は演劇の中にその人の名を永遠に残し喪失をを劇中で追体験することで昇華させ救われたのだと思う
舞台の森がとても美しかった
O OTASUKU boltネタバレ
「歌舞伎」と「ハムレット」と
starstarstarstarstar - 4ヶ月前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
どちらも中世に発生し、現在まで連綿と演じられていて、国民的な定番の戯作である。日本と英国の文化的背景の違いはあれども、それぞれに世界に誇れる国の文化基盤とも文化遺産とも言える。ちなみにアメリカにはこういうモノが無い。あるとすればニューオリンズとミシシッピー沿いに発生したJAZZとR&Bぐらいか?
米アカデミー主演女優賞の授賞が鑑賞のきっかけだったが、モブシーンでは中世イングランドのファッションも充分に眼を引く。冒頭から中盤は部屋での封建的な家族の会話劇が続くが、部屋の暗さも時代の昏さもリアリティ感じる時間である。
クライマックスはシェークスピアが息子を失った哀しみを演劇作品に昇華させて、舞台で役者とアグネスを含む観客が一体となる。生と死は隣り合わせで、生者と死者がつながってもいる。後のシェークスピア作品群の根幹の萌芽に気付かされる、感動的なシーンとなっている。
g genasona
演技は凄かったけれども
starstarstarstarstar - 2ヶ月前
不思議と残るものは無かった…
多分、オレがイギリス人だったらむちゃくちゃ感動していたのだろう。画面から伝わる情報量も数十倍多かったと思う。
もしかしたら『国宝』を観たイギリス人も同じことを思うのかも…などと夢想しました。