苦しくなる、でも観てよかった
これが現実に起こったことなのかと思うと、かなり苦しくなった。 後味がいいとは言えないけれども、事実をもとに製作された映画として、観てよかったと思う。
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主人公ジャレッドを『マンチェスター・ バイ・ザ・シー』のルーカス・ヘッジズ、ジャレットの両親役をラッセル・クロウとニコール・キッドマンが演じる。監督は俳優としても活躍し、『ザ・ギフト』以来、2作品目の長編作となるジョエル・エドガートンが務める。アメリカの田舎町。牧師の父(ラッセル・クロウ)と母(ニコール・キッドマン)のひとり息子として、何不自由なく育った大学生のジャレッド(ルーカス・ヘッジズ)。彼はある時、思いがけない出来事をきっかけに自分は男性のことが好きだと気づくが、息子の告白を受け止めきれない両親が勧めたのは、同性愛を“治す”という転向療法への参加だった。自らを偽って生きることを強いる施設に疑問と憤りを感じ、ジャレッドはある行動を起こす......。
これが現実に起こったことなのかと思うと、かなり苦しくなった。 後味がいいとは言えないけれども、事実をもとに製作された映画として、観てよかったと思う。
Filmarks試写会にて。 ルーカスヘッジズの演技が光る。 台詞なし、台詞が少ない大事なシーンが多い。 なので彼の素晴らしい演技(特に視線の送り方や瞳)と纏っている雰囲気が、作品に一層重みを増している。 この作品にかける想いが、並大抵ではない俳優陣の演技がぶつかり合う。 そして嫌が応にも混沌とした映画の中に連れていかれる。 その連れていかれた先は、現実にまだ存在している矯正施設だというから絶望的な気持ちに突き落とされる。 宗教、親は本当の自分へと導いてくれるのか? 正しい道とは何なのか? 疑念や疑問を恐れず表明すること、そしてそれを明白にすることは必ず人を強くする。 愛する者同士で意見や思想を合わせなければいけないという考えは、あまりにも危うい。 受け入れること、許すことの違いを明らかにできる一本。
ルーカス・ヘッジズの演技が素晴らしくて、母親演じるニコール・キッドマンもとても良かった。そしてこれは少年だけでなく、みんなの告白でもあったと。 母親がジャレッドに思いを伝えるシーンは涙が出ました。
これは観ていて苦しくなる作品だった アメリカに実在する同性愛者の矯正施設について、驚くべき実態を描いた作品 まず、なぜ彼らは、同性愛者を矯正すべきと考えるのか それは、神は男と女をこの世に作ったが、同性愛者は作っておらず 「同性愛者は悪魔によって異質な者にさせられた」と考えるからだ 主人公のジャレッドは牧師の家庭に育ち、彼がゲイだと知った牧師の父は、彼を矯正施設に送り込む ジャレッドも、そんな自分に戸惑い、父に言われるままに施設に行くが、やがて本当の自分に気付いていく そこから施設の実態が描かれるのだけど、もうあまりの酷さに驚かされるばかり イジメでもあるし、拷問でもある、その施設の行き過ぎた指導に、子供たちも追い詰められていく そして、そこで悲劇が起き、それを目の当たりにしたジャレッドはある行動を起こす その中で、すごく驚かされたのは、ジャレッドの父も、施設の指導者たちも、ゲイを「依存症の一種」のように考えていることだった 普通に考えてみれば、そんなはずはないのに、どうしてそんな風に考えるのか 「人に恋をする」ということは、本来、とても素晴らしいことだ それなのに、それを「依存症」のように考えることに悲しくなってしまった。 人を愛する気持ちは、親にも、牧師にも、神にも止める権利はない 「他人を許し、受け入れること」がキリスト教なら、人と違うことを受け入れる宗教であって欲しいと思った 主人公のジャレッドを演じるルーカス・ヘッジズがとても素晴らしいので、彼の演技にも注目して欲しい作品だった
日本という国でこういう思考回路になるのはあまりないんだろうなと思った。確かに自分の子供が同性愛者であると知ったら誰しも戸惑いはすると思う。だがそれを"矯正"させて"異性愛者=正しい"という枠組みに勝手に入れようとする行為は脅威だと思った。映画の最後に、今も政府公認の矯正施設で70万人もの人が矯正を受けていることを知り、なんとも言えない悲しい気持ちになった。