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わたしは光をにぎっている ポスター

わたしは光をにぎっている

3.9 96分 2019/11/15 公開
ドラマ日本
チケット予約

あらすじ

モスクワ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した中川龍太郎監督が描く人間ドラマ。幼くして両親を亡くした宮川澪(松本穂香)は、祖母と長野県・野尻湖ほとりで民宿を営んでいたが、祖母の入院を機に、父の親友であった京介を頼って上京し、彼の経営する銭湯に居候することになった。都会での職探しが上手くいかない彼女は、次第に銭湯の仕事を手伝うようになる。ところが、銭湯の個性豊かな常連客たちとの仲を深め、東京での暮らしに馴染み始めた矢先、区画整理のため銭湯が近いうちに閉店することが明らかになった。そこで、澪はある決断をする……。

場面写真

予告動画

わたしは光をにぎっているの予告編を再生

キャスト・スタッフ

監督
中川龍太郎
キャスト
松本穂香/渡辺大知/徳永えり/吉村界人/忍成修吾/光石研/樫山文枝 ほか
配給
ファントム・フィルム

クチコミ

allover

平成生れ監督の遺す昭和の風景と人

- 6年前
試写会で鑑賞。 作品は静かに淡々と進んでいく… 映像と音楽をピッタリとリンクさせる作品は大好きだし、サントラがあれば聴いて場面を思い出したりするのも好き。 でもこの作品は、生活音がしっかりと使われていて、観る側の感情を誘導するような、煽る… 続きを読む

試写会で鑑賞。 作品は静かに淡々と進んでいく… 映像と音楽をピッタリとリンクさせる作品は大好きだし、サントラがあれば聴いて場面を思い出したりするのも好き。 でもこの作品は、生活音がしっかりと使われていて、観る側の感情を誘導するような、煽るような感じに音楽を使っていない。 扱っているのは「人の死」ではなく 「場所」「風景」とそこにある「思い出」の「死」=「消滅」 下町の雑多な風景をそのままに遺す作品は、一見地味だけれど、でもアーカイブ性が強く、いま撮っておかなければ、もう観られない風景を切り取っていた。 (現に舞台となった銭湯は撮影時は営業していたが、いまは廃業してしまったらしい。) 登場人物の丁寧な説明はなし! 主演のセリフも感情の爆発も少ない(笑) 削いで削いで…でも画角は大きく広くて、「場所」や「光」「空気」といったモノ込みで、そこに居る登場人物の感情やバックグラウンドを読み取る。 観る側に委ねている部分が多い作品だなと感じたけれど、決して嫌ではなかった。 モヤモヤしないし、むしろほんわかした。 下町育ちだけれど、舞台となった立石はダーク過ぎて、私はちょっと近寄り難いのだけど、亡くなった父と良く通っていた、笹塚のラーメン屋が出てきた時は驚いてしまった(°д°)なぜここだけ笹塚?! 店主もご健在で嬉しかったし、傾いたカウンターも健在(笑) 久し振りに、もう成人した子供達と、じいじとの思い出の店を訪れてみようかなと思った。 きっとこの作品を観終わった時、自分や身近な人との思い出の場所に、「無くなる前に」行っておこうかな…と感じるはず。

チキチキペッカー

ゆっくり

- 6年前

ただただ優しくゆっくり流れる時間を堪能できた。こういう映画も映画館で見るべき作品だと思います。

NUMAYA

画面が語りかけてくる映画

- 6年前
序盤の、上京する主人公を見送るシーンで、画面を4分割した右下に人物が固まっている構図を見て、失敗した!と思いました。 背が低いので、前の人の頭でスクリーンが見えないストレス回避の為、劇場では最前列の端を狙って座る癖がついているのですが(さす… 続きを読む

序盤の、上京する主人公を見送るシーンで、画面を4分割した右下に人物が固まっている構図を見て、失敗した!と思いました。 背が低いので、前の人の頭でスクリーンが見えないストレス回避の為、劇場では最前列の端を狙って座る癖がついているのですが(さすがに最前列の中央だと画面全体が見にくいので、端から全体を見る作戦) この作品は、正面から見たかった〜。 食堂の椅子…いいなぁ。 あ、カーペットのこの感じ…いいなぁ。 入り口のガラス戸越しの湖もいいなぁ。 よくこんなの見つけてきたな〜。と感心しきりでしたが、この駅前の4分割シーンを見た時に、そうか!実は見せたいのはこれだったのか!!と気づきました。 監督曰く「人のいる風景」 人間が集まって“場所”を作っていると思いがちだけれど、場所によって人が生かされることもある…そんな監督の場所への思いが詰まった映画でした。 ゆっくり、じっくり見せられるワンシーンからは、いろんな声が聞こえてきます。 主人公が身を寄せる銭湯も、いちいちイマジネーションがかき立てられる! 光石研さん演じる涼介について、多く語られる事はないけれども、その部屋で彼の人となりがわかるww そして、主人公に与えられた部屋の、ものすごく日に焼けた襖!! 家具の後も残っていない波打った畳からも、使われなくなって随分年月が経っている事がわかる。 もしかして、以前この部屋を使っていた人って…と想像が広がる一方で カーテンの無いガランとした部屋は、私自身が一人暮らしを始めた日の、不安とドキドキが混ざり合った気持ちまでをも呼び起こし、一気に主人公に近づいた気がしました。 どこかで知っている風景に感じる、記憶のデジャブとでも言いますか…。 場所に対する懐かしさと愛おしさが随所にあって それらは全て、映画のクライマックスに明かされる出来事に繋がっています。 いったいどんな居場所にたどり着くのか? 不器用ながらにも、一歩を踏み出す彼女を応援したくなる映画でした。 追記:後半にかけての光石研さんの演技が素晴らしい。 やさぐれた酔っぱらいは名人芸の域だし、カップラーメンを食べる姿に泣けます。

KZK ネタバレ

共感性が大事

- 6年前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む

僕は29歳であり、作品のような町、風情といったのに直接触れた事がない。頭や心で雰囲気は分かったつもりであったり、またこういう町や風情は楽しかっただろうなということは理解しててもやはり直接触れた事がないためやはりイマイチピンとこない部分もある。 そのためこの作品の舞台の良さになかなか共感を生むことはできなかった。 もちろん作品自体を否定的な見方や感想を生まれる事はなかったが、良くも悪くも、そうなんだくらいの無関心に近い感想しか生まれる事ができなかった。 主人公の澪やお世話になった京介さんをはじめ口数が少ないキャラクターが中心となるため、表情や情景で色々と想像を描き巡る必要がある。やはりあの舞台をあまり理解してないとあまり想像が追いつく事ができなかった。 舞台となる銭湯もあまり利用したことなく、どちらかというとスーパー銭湯が好きだったり、食事処なんかもチェーン店のレストラン、複合施設なんかが大好きな僕にとってはやはり共感を生む事ができなかった。 上にも書いた通りだからといって否定的な見方はしてないのだがこの共感が生めないってのはある意味怖い事である。古き時代の良き事がまさに消え去っていくわけだ。 もちろん僕の同世代やさらに下の世代の人にも共感できたり楽しめる人もたくさんいるだろう。僕が経験なき事に対して共感性が乏しいのであることを実感した。 ただ同じ者も沢山いると思う。そういう人達にとってもこうやって作品として残していくことはとても大切なのであろう。 現時点ではあまり楽しむ事はできなかったが、今後こういうった町の楽しさを体験することでまた違った見方ができるのかもしれない作品のように感じた。

Deko

ノスタルジーだけ

- 6年前

銭湯売れて、結構いいマンションに住んでるリアル。

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