ゆっくり
ただただ優しくゆっくり流れる時間を堪能できた。こういう映画も映画館で見るべき作品だと思います。
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モスクワ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した中川龍太郎監督が描く人間ドラマ。幼くして両親を亡くした宮川澪(松本穂香)は、祖母と長野県・野尻湖ほとりで民宿を営んでいたが、祖母の入院を機に、父の親友であった京介を頼って上京し、彼の経営する銭湯に居候することになった。都会での職探しが上手くいかない彼女は、次第に銭湯の仕事を手伝うようになる。ところが、銭湯の個性豊かな常連客たちとの仲を深め、東京での暮らしに馴染み始めた矢先、区画整理のため銭湯が近いうちに閉店することが明らかになった。そこで、澪はある決断をする……。
ただただ優しくゆっくり流れる時間を堪能できた。こういう映画も映画館で見るべき作品だと思います。
澪が決意をもって話す言葉、おばあちゃんが教え伝える言葉、登場するすべての人の言葉がとっても素敵です。光は元々あるものなのにただ見えなくなっているだけなのかも。だからそれらの言葉に触れることでまた見えたり新しく見えたりする、生き方を再発見させてくれる映画です。
そこで、ありがとうも言わないの! というほど、コミュニケーション下手な主人公が 祖母の教えから 目の前にある出来ることから始め 自分の居場所を見つける。 しかし、その居場所は、再開発で再び去らねばならなくなる、切ない現実 誰かの居場所が失われることは、辛い 形あるものが消えても 掌に握った光は消えないと信じていいのだと カネコアヤノさん光の中へから、観る者に最後は希望を任された 消えゆく銭湯に想いを馳せながら 山村暮鳥「自分は光をにぎっている」 共感した
形のあるもの(人や街並み)はいつかは無くなってしまうが、 自分が握った光(芽生えた心が、出会った言葉が)はずっと残り続ける。 そして、手にした光たちと共にこれからを生きていく。
松本穂香さん、適役だったと思います。 今後の出演作品がたのしみ。
自分らしく生きることって何なのか、今一度考えてみても良いのかと思わされました。 出来る事、小さな事から。。。
新宿武蔵野館 スクリーン2 風景やまち並み、スクロールしながらの映像は穏やかな感じで観てるだけで、おちつくが、後半、やたらと視点を意識した風景画が多くて、一瞬何の映画だったっけと忘れてしまうぐらい、ノスタルジーな映像が流れてきた印象。 光石研がいるだけで、画面が締まる。多くを台詞で語らないがちゃんと人物像が伝わって、さすがだなぁ。 松本穂香はほんわかし過ぎで、可愛すぎるので注意。 作品紹介文で区画整理により、、とあったが、厳密には再開発事業だったので、区画整理だったら銭湯続けられたのになぁと思った。再開発が悪だというわけではないが、再開発側の視点が描かれていないのは、フェアじゃない気がすり。
何かの終わら方に共感。銭湯いいですね。
予告編を見てビビビッときたので 遠方の映画館まで出向いて鑑賞しました。 映像はかなり綺麗でした。 人や町、自然の素の状態をみせるために 自然音をかなり意識的に取り入れていて 無駄な挿入音楽を入れないのも良かったです。 ただ、その分登場人物の言葉もかなり少なめ。 受け手側に想像させる作りになっているので 観たまんまを理解したい方には あまり向かないかもしれません。 自分はどちらかというと妄想したい派なので ドンピシャだったのですが笑 序盤は松本穂香さん演じる澪のやりすぎなくらい どんくさい感じに焦らされる場面が多いですが、 後半はとても自然にたのしく観られました。 人は変化し、亡くなり、消えていく。 でも、その人たちが残した言葉や物は 残すことができる。 なんでもむやみやたらに残すことが 正しいとは思えませんが、自分にとって 残したいもの、残ってほしいものについて 考えさせられた映画でした。 最後の記念写真の流れは泣けました。 大切な人とまた観たくなる映画でした。
僕は29歳であり、作品のような町、風情といったのに直接触れた事がない。頭や心で雰囲気は分かったつもりであったり、またこういう町や風情は楽しかっただろうなということは理解しててもやはり直接触れた事がないためやはりイマイチピンとこない部分もある。 そのためこの作品の舞台の良さになかなか共感を生むことはできなかった。 もちろん作品自体を否定的な見方や感想を生まれる事はなかったが、良くも悪くも、そうなんだくらいの無関心に近い感想しか生まれる事ができなかった。 主人公の澪やお世話になった京介さんをはじめ口数が少ないキャラクターが中心となるため、表情や情景で色々と想像を描き巡る必要がある。やはりあの舞台をあまり理解してないとあまり想像が追いつく事ができなかった。 舞台となる銭湯もあまり利用したことなく、どちらかというとスーパー銭湯が好きだったり、食事処なんかもチェーン店のレストラン、複合施設なんかが大好きな僕にとってはやはり共感を生む事ができなかった。 上にも書いた通りだからといって否定的な見方はしてないのだがこの共感が生めないってのはある意味怖い事である。古き時代の良き事がまさに消え去っていくわけだ。 もちろん僕の同世代やさらに下の世代の人にも共感できたり楽しめる人もたくさんいるだろう。僕が経験なき事に対して共感性が乏しいのであることを実感した。 ただ同じ者も沢山いると思う。そういう人達にとってもこうやって作品として残していくことはとても大切なのであろう。 現時点ではあまり楽しむ事はできなかったが、今後こういうった町の楽しさを体験することでまた違った見方ができるのかもしれない作品のように感じた。