K KUBO boltネタバレ
さらば、スターウォーズ!
starstarstarstarstar - 6年前
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ついに『スター・ウォーズ』が(一応の)完結を迎えました。昨夜の前日上映のチケット争奪戦には敗れ、今日、一般公開初日初回上映で見てきました。
あまりネタバレには触れずにレヴューしたいと思いますが、全く先入観を持たずに見るのがベストだと思うので、「ネタバレ」扱いにしておきます。
EP7以降、いかにもスターツアーズで使ってっていう3D映像が鼻につく。まあ、そう思ったところは必ずスターツアーズに使われているので、きっと次にランドに行った時にまた見れるだろう。
おもしろかったですよ。おもしろかったけど、いつもの期待の上の上を行く感動まではいかなかった。いろんな謎の行方も想定内でした。
なんか本筋とは関係ないところがいろいろ気になるんだ。
パルパティーンが生きていた? ハァ? それも「なんで?」なんだけど、それ以外のことが気になる。だってファースト・オーダー以外のシスの大軍団が急に現れる! これすごい勢力だし、この軍事力を有する「国」は、「星」はどこ? いくら辺境領域だからといって、それだけの軍事力を支える経済力や政治力がどこに存在するのか全く描かれないし、それを誰も知らなかったって不自然でしょう?
EP4〜6の頃は、ルークたち反乱軍の後ろ盾にはオーガナ議員などがいて、闘いのあと、世界を統治する政治家や体制があった。
EP1〜3の頃は、ジェダイ評議会そのものが力を持っていたし、パルパティーン自身が元老院議長の皮を被っていたし、勝敗の後、統治する形見えていた。
それに対してEP7〜9では、反乱軍も、ファーストオーダーも、ただの軍事勢力で、星々の統治の形との関連が見えてこない。反乱軍が勝ったとしても、その先誰が宇宙を平和に導くのか? そこが描けていないし、見えてこない。
戦闘で言えば、EP4〜6では、大部隊ではない反乱軍の活躍が嘘くさく見えないように、常に舞台を戦局を握るゲリラ戦に限定していた。だから主人公たち数人がわりと行き当たりばったりで戦っても「やった〜!」で終われたんだけど、
EP7だけは4の丸パクリだから良しとしても、8だと、敵が大砲構えてこっちに向けているのに正面から突っ込んだり、9ではスターデストロイヤー何十機の大艦隊に、X-ウィング他戦闘機数機だけで無策で突っ込んだり、いくらなんでも戦略ってものがなさ過ぎる。
こういうリアリティもしっかりしててくれることが、スペースオペラなんでジャンルを裏から支えてくれてると思うんだが、そういう意味では大雑把で残念。
ただ、もちろんファンがうれしいシーンもたくさんありましたよ。
EP7ではハン・ソロとの、EP8ではルークとの再会に胸が熱くなったが、EP9ではランドー・カルリシアンが再登場! 本作での”I have a bad feeling about this.”はランドーの口から出る。
最大の謎であったレイの出生の秘密も語られるが、これは想定内。ただ、これだとルークのライトセイバーにレイが引き寄せられた意味がよくわからない。ただルークの父アナキンの父親も誰かわかっていない(ミディ・クロリアンの異常に高い誰か?)ので、もしかしたらみーんな家族だった?(^^)
ファーストオーダーの中にいた反乱軍のスパイ、やっぱり彼だったか! でも、あの最後はかわいそうだ〜。ダメでももっと意味のある死に方させてあげたかったな〜。なんかやっぱりこのシリーズ(EP7〜9)、ムダに殺し過ぎる。
「LOST」のキャストが反乱軍の戦士役で出てたのもうれしいな〜。この辺はJ.J.がらみかな〜。
レイが再び立ち上がるシーンで、リーアム・ニーソンや、ヘイデン・クリステンセンなど、過去のジェダイたちの声が聞こえる演出が粋!
死んだハン・ソロの再登場にはやっぱり痺れたな〜。私も今年父を亡くしたんで、ハンとベン、親子の邂逅のシーンには胸が熱くなった。名言 ”I know.” も飛び出すしね!
(このシーン見て感じたんだけど、『スターウォーズ』にとってハリソン・フォードの存在は大きかったな〜と。ハリソン・フォードには、出てくるだけで画面の空気感を全て持っていくだけの微笑みがある。残念ながらEP7〜9の新キャラにはこれだけのムードを作れる役者はいなかった。ポー・ダメロンにもう少し色気のある役者を当てられてたら違ってたかなぁ?)
ラストシーンをタトゥイーンにしたJ.J.のセンスがうれしい!(でも、だったら3-POだけでも連れてけよ)
そして、ここで “RISE OF SKYWALKER” というタイトルが意味を成す。
おもしろかったよ。でもEP9だけは、もっとおもしろくできた気がする。『GOT』ほど文句はないけど、なにせ1977年、リアルタイムで第1作(EP4)を見てから42年間の総決算だからね。
ディズニーはこの後、EP10〜12まで作る構想らしいけど、頼むから性急に作らないでほしい。ちゃんと作る必然のある構想と脚本が出来てからにしてほしい。『ハンソロ』みたいな薄い『スターウォーズ』はもう見たくないからね。
ありがとう『スター・ウォーズ』。少年の頃からずーっと見てきたスター・ウォーズ。きっとまた会えるのだろう。また会う日まで!
k kikaider23 集大成
starstarstarstarstar - 6年前
もうネタバレあかんから言わないけど涙なしに見れなかった。最高の作品になったと思います。あと3回はいろんな見方で。
ジ ジェイセン ソロ boltネタバレ
ゴミ
starstarstarstarstar - 6年前
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C3POを殺す必要あったか
スカイウォーカーの血脈を根絶やしにして活躍させないのはなんだ
もっとスターデストロイヤーに敬意を払え
ケ ケミ王 boltネタバレ
史上最悪の愚作
starstarstarstarstar - 6年前
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とにかく意味がわからない。
結局カイロレンの言うダースベイダーが始めたことを終わらせるとはどういう意味だったのでしょうか?
あっち行ったりこっち行ったり終始バタバタ。なんでいつも地図とかコンパスとか探す羽目になるの?
レイはパルパティーン、だから何?
ベンと最後の描写、いりますか?そして、なぜ死ぬ…
ライトセーバーのシーンも少なく、期待してたようなアクション性も欠けていました。
史上最悪のスターウォーズ映画と言っても過言ではないかと。
い いまむー 判断はご自分で。
starstarstarstarstar - 6年前
ネタバレは避けたいのであまり詳しく書けません。
前作でかなり波乱の結末だったので『よくここまで綺麗にまとめたな』と思いました。
ただ逆に『綺麗にまとまりすぎ』て、昔からのファンには物足りないのかなと思います。
カウントダウン上映で… 続きを読む
ネタバレは避けたいのであまり詳しく書けません。
前作でかなり波乱の結末だったので『よくここまで綺麗にまとめたな』と思いました。
ただ逆に『綺麗にまとまりすぎ』て、昔からのファンには物足りないのかなと思います。
カウントダウン上映で見ましたが、集大成ということもあり、劇場内では何人かぼろぼろ泣いているファンもいらっしゃいました。
スターウォーズの集大成、これから見る方はぜひ楽しんでください。そして批判的なレビューや記事を見ずに、自分の目で『面白かった』『面白くなかった』の判断を下してください!
あなたのスターウォーズが幸せな形で幕をおろしますように。
ゴ ゴブリンK うーん
starstarstarstarstar - 6年前
8の続きでよくここまで挽回したなぁと感心しました。
しかし、展開が予想つきやすく若干退屈に感じてしまいました。
L Little Titan boltネタバレ
名も無きレイが、名前を勝ち取る物語
starstarstarstarstar - 6年前
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公開日に観ました。
むっちゃ夜が明けました。
納得できない部分もありますが、総合的には新3部作、全9部作の完結編として、満足しました。
以下に4つに分けて感想を書きます。
1. 血と伝承と絆の物語
2. マザコンだった(?)カイロ・レン
3. 前作の無かった事感
4. やっぱり John Williams
1. 血と伝承と絆の物語
Star Wars は血の物語。
宿敵が父と明かされた Episode 5 の終盤で、幕を開けたスカイウォーカー家の物語。
Episode 6 のラストでは、朋友が妹に。
Episode 1-3 も、スカイウォーカー家の始まりを告げる前日譚。
しかし Episode 7 からは、スカイウォーカーの血を継ぐレンは宿敵に。
加えて、新たな主人公のレイは、素性知れず。
Episode 8 では、宿敵に "取るに足らない(insignificant)親の子" と断言される。
しかし、本作で真の素性が明かされる。
レイは、ジェダイの真の宿敵パルパティーンの孫だった。
ただ、精神は必ずしも血統に支配されない。
"親に捨てられた" レイが出会ったのは、レジスタンスの仲間達。
反目したまま袂を分ったが、ルークの遺志もレイを "最後のジェダイ" として成熟させた。
一方、ライトサイドを選ぶことは、(ハリポタ終盤のヴォルデモートみたく)生気を取り戻したパルパティーンと対峙するには不利。
何故って、相手が巨悪であっても、憎しみと殺意に満たされると、ジェダイも暗黒面に堕ちてしまう。
パルパティーンの勝利は、相手を殺すことではなく、相手に自分を殺したいと思わせること。
殺意に殺意で立ち向かえない無理問答。
それでも、霊魂として宇宙に満ちるジェダイのフォース(理力)が、レイを奮い立たせる(ジェダイ的元気玉)。
そして、パルパティーンの殺意を跳ね返し続けることで立ち向かう。
正直、ジェダイの勝利も、レジスタンスに大援軍が駆けつける大団円も、予定調和。
真のラストはそこではなかった。
ルークの故郷タトゥイーン(太陽が2つ)を訪ねたレイは、名を尋ねられ"レイ・スカイウォーカー"と応える。
それは、血統の呪縛から逃れ、自ら選んで勝ち取った名前。
血統も伝承も、最終的には個人の選択次第。
人生に大きな影響を与えるのは、やはり絆。
2. マザコンだった(?)カイロ・レン
と、レイを主軸にした物語は良かったんですが、宿敵レン君の変節には困惑しました。
無論、ライトサイドへの復帰という展開自体は、予想の範囲内だし、過程さえ丁寧に描かれれば、有りよりの有り。
ただそのキッカケが、死に際の母が送った念というは...。
念の中身も語られないし、母の死自体がショックだったとしても、闘いのさなかに剣を落とすものでしょうか?
レイに命を救われたせいなのか、そもそもレイへの執着が恋心だったのかもしれなけど、もうちょっと納得いく形の過程を描いて欲しかったです。
勿論、レンはそもそも誰にも従いたくなく、パルパティーンでさえ亡き者にして、乗っ取るつもりでいたでしょう。
とは言え、記号的にもライトセーバーは青に変わりました。
やはり、ライトサイドに復帰という設定なのでしょう。
その最大のキッカケが、本当に母レイアからのメッセージだとしたら、結局マザコンだったん?と思っちゃいました。
3. 前作の無かった事感
一部のファンからだけでなく、制作したDisneyからも黒歴史扱いされてる前作 Episode 8。
公式イベントでも、前作は言及されず、無かった事にされる始末。
個人的には、終盤でルークが結構活躍したので、合格点のつもりでした。
でも本作を観た後では、J.J. Abramsが監督した Episode 8 も観てみたかったというのが本心ですね。
とは言え、前作で描かれたフィンとローズの恋の芽生えが、本作では完全無視ってのはいかがなものでしょうか?
合格点と言いつつ、自分が前作で納得できなかったのが、レイの素性の扱い。
Episode 7 では意味ありげに描かれていたのに、Episode 8 では "取るに足らない親の子" の一言で片付けられていました。
その発言も、本作ではパルパティーンの告白で完全否定。
ただ、レイの両親もパルパティーンを疎み、辺境での名も無き生活を選んだことも同時に明かされたので、一見矛盾しそうな前作の台詞を、上手く受けた形になっていました。
レイも、両親に捨てられたのではなく、両親に守られたのだと、確信できる展開になっていました。
4. やっぱり John Williams
Star Wars の劇伴は、全シリーズを通じて John Williams。
なので本作だけのことじゃない筈なんですが、今回特に聞き惚れちゃいました。
サントラファンで日常的に聞いてもいるのですが、オープニングのテーマ曲でめっちゃ高揚。
要所要所で流れる聞き覚えのある劇伴も、とことん快適。
エンドロールのテーマに再度胸アツ。
途中、ダース・ベイダーのテーマが挟まれるのも愉しく、本当の最後の最後まで、堪能しまくりでした。
2022年から新3部作が始まるという発表にも、期待してます。
"Game of Thrones"チームが制作するシリーズは、泥々した権力闘争が描かれそうで楽しみです。
戦犯扱いっぽい Rian Johnson の企画も死んだわけじゃないみたいですが、本当に実現するのかは、良く分かりません。
ただ、どんな作品でも確実に観に行きます。
新たな黒歴史になるかどうかは、目撃してから見極めたいです。
e erocaras boltネタバレ
J.Jありがとう!
starstarstarstarstar - 6年前
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バタバタの展開も都合の良いストーリーも安易なネーミングも全部許す!
なんだかんだで、無事に着地させたJ.J.エイブラムス、本当にありがとう!
前作の呪縛からやっと抜け出せました。
そして小学生の時に初めて観て虜になったスターウォーズとの40年間の付き合いもこれで終了です。
未練無く成仏出来そうです。
ディズニーよ、あとは好きにしやがれ。
ありがとー!
フォースと共にあらんことを!
f force is farce パルパ
starstarstarstarstar - 6年前
結局 ライトセーバーでなければ世界は救えないんだなぁ
誰かパルパティーンの上にイオン魚雷落とせたのでは?
F Frost 予測可能な普通の物語
starstarstarstarstar - 6年前
当たり前のような展開がずっと続いてて
観てて長く感じたし、
どんでん返し的な要素もあったけど
説得力が足りなかった。
賛否両論の雰囲気だけど、何がそんなにすごいかいまいち分からなかった。
ハ ハオピン boltネタバレ
これがSTAR WARSなのか…
starstarstarstarstar - 6年前
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EP7~9まで見た感想は
正直作らなくて良かったと思う。
ディズニーに買収されたことで、娯楽映画から商業映画になって、これまで積み重ねてきたものにすがって作った感じ。
展開もありきたりで読めたし、ワクワクもなければハラハラドキドキもないアクション映画って見る価値なし。何度途中で帰ろうかと思ったことか。一番笑ったのは、技術とか進化してるのにライトセーバーのアクションが今までで一番ダサかった。スピード感がなかった…
ツッコミどころ満載でマイケル・ベイが作ったの??って感じの映画でした。
往年のファンはこれをSTAR WARSとは認めないと思います。
ゆ ゆーちまん
満足。
starstarstarstarstar - 6年前
エピソード8で散らかり過ぎた感じをうまく回収するとともに、SWファンが納得できるエンディングを迎えさせてくれたと思います。大満足でした。
ぱ ぱこ
ええもんはええんや
starstarstarstarstar - 6年前
ええもんはええんや。
り りょうた boltネタバレ
最低の幕引き
starstarstarstarstar - 6年前
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12/20 『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』
スター・ウォーズは余りにも大きくなり過ぎた。それは自分を含むファンの個人的レベルでも、または広くSF映画というジャンル映画自体としても言えることだ。
特殊効果や音響、デザイン、全てにおいてそれ以前の同ジャンル映画群を全て過去のものとした今シリーズ。傑作として名高いオリジナル三部作、賛否分かれたもののやはり映像的・技術的革新を目指し達成したプリクエル三部作、と作り手の野心が現れた作品たちは世代を超えた様々な人を興奮と議論で結び付けてきた。『シスの復讐』公開をもって遂に一時の完結を迎えたシリーズは、ディズニーによるルーカスフィルム買収後、紆余曲折を経て2015年に新体制で復活。監督J.Jエイブラムス、脚本ローレンス・カスダン、音楽ジョン・ウィリアムズ…これ以上ないハリウッドのトップスタッフを招集・再集結させ、新たな時代の新たなスター・ウォーズを作り上げた。
『フォースの覚醒』は、プロットこそ第1作目『新たなる希望』と2作目『帝国の逆襲』を混合したものに見えがちだが、38年振りに物語が先に進むうえで担保すべき幾つかの要素(お約束)を含ませながら現代的アップデートをして見せた一作だった。特に主要登場人物の配役は素晴らしく、当時は無名に近かった若手俳優たちが同作を機によりメジャーな舞台に立てるようになったという、才能の見本市的役割を果たしたのも大きい。古参のファンが見たかったものを提示し、新規ファンにも開かれた(少しハードル高めの)楽しみ方を教えた各方面に上手い配慮の行き届いた同作だったが、謎には一切答えないという“風呂敷広げ“でしかないという見方もできる。米評論家の言を借りれば、
「スター・ウォーズだけを見てきた人間が作ったスター・ウォーズ」
であり、J.Jエイブラムスの本来の資質が活かされた作品だったのだ。以前からスター・ウォーズ好きを公言し、スピルバーグ好きも公言しているエイブラムス。見せ場の盛り方や演出などへの影響は、色濃く監督作の中に見いだすことができる。TVドラマの製作・脚本などで、伏線(となる前の布石)の配置の力を身につけたのも付け加えておこう。非常にオタク文化への造詣が深く、マニアとしての自分が見たいものを観客のそれと重ねることでより娯楽色の強いエンターテイメントを作り上げることができる、ある意味非常に現代的な映画監督なのだ。その実脚本の出来不出来に影響を受けやすい一面も、観客を意識しすぎて見せ場のバランスを崩してしまう一面も併せ持つ。よく言えば現代の観客のツボを押さえた監督、悪く言えばファンに迎合する監督という立場に立ってしまったオタク…さて、今作でエイブラムスはどちらに寄ったのか。
今作の評に移る前に、まず自分の前作『最後のジェダイ』に対するスタンスを話しておく必要がある。新世代のスター・ウォーズが始まった…そう『フォースの覚醒』の時言われていたものの、その内容的・画的な既視感が個人的にどうしても拭いきれなかった。演出がいかに上手くても、やはりこれではない、“新しくない”という感覚が消えなかったのだ。しかしそこを、前作は全て払拭して見せた。強烈な赤と黒・赤と白の色彩設計、過去作の描写の穴を突くフレッシュなアクションと画作り、そして何よりもスカイウォーカーやその他血族という“選ばれし者の物語”からの解放が、旧来の型に押し込められていたシリーズに新しい可能性と方向性を示してくれていた。血ではなく個、生まれでなく育ち、そんな今こそ語られるべきスター・ウォーズの再構築を、監督のライアン・ジョンソンは志し成功させた。一部で性懲りも無く未だ語られているレジスタンスの行動の問題についても、よく見ればその元凶は抵抗軍時代の残党によるものとわかる。過去の何かにしがみついて行動し続ける人間たちはことごとく死に絶え、徹底的失敗の先に残った今の世代が新たな希望となる。それは敵サイドも同じで、スノークという何番煎じかも知れない悪役を消し去り、新たに過去作の圧倒的善の血脈をトップに座らせる。この先に、過去と現在、悪習と進歩の対決が行われるべき土台を全て作り切ってくれていた。映画として粗がないとは言わない。だがこれを自分は、スター・ウォーズとしても、映画としても、またジョンソンとその他映画作家の表現自由厳守の想いから、今後も擁護し続ける。
粗粗しくも荒々しい、真に新世代スター・ウォーズと言える傑作、それが『最後のジェダイ』だ。
しかしその傑作を、残念ながら世間は受け入れなかった。さらに最悪なのは、その流れを大元であるディズニーも半ば受け入れてしまったことだ。前作の公開以降、キャスリーン・ケネディ率いるルーカスフィルムは、自社の製作するスター・ウォーズに作り手の作家性が反映されるのを忌避し始める。シリーズのファンでなくとも、一連の降板劇を覚えている方は少なくないはずだ。『ハン・ソロ』からのクリストファー・ミラー&フィル・ロード降板、『エピソード9』からのコリン・トレボロウ降板…。特に前者は、独自の視点を取り込み、作品世界を押し広げるスピンオフという形態を、今まで以上に新しい形にできる可能性を持った二人だったはずだ(降板の経緯にも会社側=懐古群勢の考えが現れている。脚本のローレンス・カスダンと製作のケネディが、ミラー&ロードのアドリブ演出を嫌ったということだった。イマドキの空気を盛り込むことに長けたアクションコメディの名手二人だ。それを否定しては本末転倒である)。ファンの反発とそれに伴う興行収入の減少、その両方を解決しようという無茶に、ディズニーはまさかのJ.Jエイブラムス再登板という手を打った。自分で広げた風呂敷を自分で畳みに行くという、彼の映画キャリア史上初めての試みをよりにもよってスター・ウォーズですることになったわけだが、時間的な問題から新しい監督を雇うという余裕はなかったのだろう。そこはもちろん理解しているが、多くのファン、特に『最後のジェダイ』擁護・絶賛派は、今作のタイトルが発表された時点から不安と疑問に苛まれることになった。
『スカイウォーカーの夜明け(The Rise Of Skywalker)』
前述した前作からの描写を考えれば、有り得ないタイトルである。スカイウォーカー家の物語の完結。ルーカスがあちこちで語っていた、「スター・ウォーズは元々9部作」だという言説を実現したかのように、エイブラムスはインタビューや日本向けの予告映像で自信満々に語って見せている。確かに今作はスカイウォーカー家の物語を完結させている。しかしそれに伴って、否定されたものが多すぎる。それをあたかも最初から考えられていたかのように描いているが、それだけ『フォースの覚醒』の描写が曖昧なのを利用したに過ぎない。こんな代物を前作から一転してファンが絶賛している現状に、自分は戦慄している。
(⚠以下多少ネタバレを含む⚠)
では、まずいい所から書いていく。ここがスター・ウォーズ好きとしての面倒臭い所だ。シリーズ完結編と銘打つだけあり、これでもかと注ぎ込まれるファンサービス。作品のバランスを崩すほど大量の描写だが、それ単体は問題ないものもあるし、完結する以上見せて欲しい部分ではある。特に自分は、最終決戦に参加したある人物(ヒントは、ユアン・マクレガーの親族)と、高橋ヨシキさんが望んでやまなかったあるキャラの登場にはつい口角が上がった。展開に鳥肌が立つような場面も、演技的に見事な場面も多い。『フォースの覚醒』が、『新たなる希望』『帝国の逆襲』をプロットに組み込んだのと同様に、今作は『帝国の逆襲』と『ジェダイの帰還』を組み込んで、それらの物語要素とオマージュを大量にぶち込んだ。それによって生まれたシーンには、ノスタルジアという素晴らしく捨てがたい味がある。そこにジョン・ウィリアムズが懐メロを当時のままにかければ、ファンが喜ぶ場面の完成だ。皆大好きな“あの機体”があの曲に乗せて“浮上”したらアガるに決まっている(こうやって喜んでいる自分に複雑な心境なのは言うまでもない)。肯定派・否定派双方が絶賛しているアダム・ドライバーもやはり素晴らしい。特に『フォースの覚醒』と対になるあるシーンとそこに至るまでの感情の動きは、後半の物語を納得させる要素として働いている。監督降板やストーリーの変更によって偶然にも生まれたカイロ・レン=ベン・ソロの一貫性のない感情の動き・心情のブレが新シリーズの魅力に変わったのは、ひとえにドライバーの演技のおかげだ。台詞なしでも十分に感情が伝わるのだから凄い。デイジー・リドリー、ジョン・ボイエガ、オスカー・アイザックの三者三様のキャラが遂に面と向かって会話する場面の噛み合わなさもいい。片やジェダイの端くれ片やボンクラと、流石はキャラを作ったエイブラムス、ちゃんと魅力を理解して会話をつけている。テンポの速いコメディ会話劇として、上手い場面、楽しい場面だ。技術的にも、オリジナル三部作から受け継いだ実物主義が徹底され、特にクリーチャー面では素晴らしい操演がなされていた(バブ・フリックと子供達の造形・キャラクターは非常に好感を持った…つまり、可愛いのだ)。
個々のディテールや演出をもって今作の良い点を挙げることはできる。ただ、数としては圧倒的に悪い点が多いし、その煽りを受けて良い点も逆に作品を歪なものにしている。冒頭からそれは明らかだ。カイロ・レンが復活した皇帝を追っている姿を映し、今作の前半=インディ・ジョーンズ的な宝物探しの構造を略して描いているのだが、ここでの移動描写がまずい。宇宙を舞台とするSFの世界を描く上で、星間移動描写は重要性を増す。今シリーズにおいても、星から星へのワープは会話シーンの差し込みや場面転換で時間経過と距離感を演出していた。何百光年と離れている星系から星系に移動するのだ、幾らワープがあるとはいえ時間はかかる。しかし今作は、そういった間の作り方を完全に間違えている。レンが最初に登場する星(ここが赤い配色で描かれるのは前作への目配せか、もしくはカイロ・レンには赤と黒が似合うという正しい理解の結果か…単純に『スター・トレック/イントゥ・ダークネス』のオープニングへのセルフオマージュか?)から皇帝のいる領域エクセゴルまでは宇宙船でちょっと飛ばしたところにあるように見えるし、それは後半でレジスタンスが攻撃を仕掛ける場面でも変わらない。未知の領域と説明されるエクセゴルだが、この描き方だとレジスタンスが探索を近場で済ますバカか、スター・ウォーズの宇宙は自分が思うより狭いかのどちらかに見える。同じく前半のミレニアム・ファルコンによるチェイスも、まず彼らが何処に居るかも解らないうえに、連続ワープという荒技を“初登場”(今作にはこれが多い)させて星と星を近距離に見せるような描写をしてしまうため、少なくとも今作の星間距離を小さく感じさせるし、シリーズの世界を広げるような新鮮さもない。これを作品の前提を説明するためにテンポを速めているのだと言われればそうかもしれないが、だとすればそんな話にするべきではない(これも時間がなかったと言われるかもしれない。なら製作を遅らせてでも整理すべきだ)。宇宙描写といえば、終盤の戦闘シーンについても話しておこう。過去最高に物量も新しいアイデアも投入したのに、位置関係も何が何だか解らないグチャグチャ状態。しかも作戦などなく、完全な運任せの正面衝突だ。味方によるラストミニッツレスキューを観念的にしか描いていないうえ細部を描かない。『ダークナイトライジング』か。かと言ってマイケル・ベイのような混沌を愛せるところまではいかず…ただ単純に、スター・ウォーズでスター・ウォーズごっこをやっているに過ぎない。ここをもって、今作がSF映画としても凡庸であると自分は断言しておく。
また、スター・ウォーズの一大要素として名高い“フォース”の描写もあらゆる意味で酷い。前作でもフォースの出来ることはかなり拡大されていた。一部ファンを激怒させた「レイアの生還」と「ルークの幻影」「フォースチャット」。確かに、ジェダイ全盛期のプリクエル三部作でも描かれなかった技を出来るのには違和感があるが、レイアにもフォースがある以上あれは出来てもおかしくないし、ジェダイはフォースと一体化出来るのだから幻影を生み出せてもいいはずだ。チャットも、第三者の仲介があって初めて成立するのだと劇中で説明がされている。要するに、あくまでも今までの延長上にある技だった。しかし今作はどうか?まずはっきり言えるのは、作り手はフォースを都合のいいオモチャとしか思っておらず、またその遊び方も上手くないということだ。前述した星と星の距離感を完全に無くし、もっと言えば瞬間移動ができると大見得を切って言っている。フォースチャットの延長上、ジョンソンが残したものを利用しているだけという人もいるだろうが、それは大きな間違い。前作のチャットは、新世代の善と悪の決定的別離を演出するための文字通り不確かなつながりとして描かれていた。それは精神の交流で、互いの居場所を探る手段ではなかったのだ。それを今作は敵側の索敵手段として使っている。しかも間抜けなのが、スクリーンに映る映像上は同じ場所にいるのに戦っている当の本人たちは分かっていないことだ。映像演出として面白い反面、そこでの表現が観客を混乱させ、登場人物を超能力があるバカに見せている。恐ろしく噛み合っていない(ここでの照明演出など、考えられていないとまでは言わないが、少なくともノイズになる部分の排除に失敗している)。そして最悪なのは、過去作にまで遡ってシリーズ内の死のラインを取り去ってしまったことだ。物語中盤とラストであの技が出てきた瞬間、自分の中から血の気が引いていった。これを、『シスの復讐』でパルパティーンが言っていた「愛する人を死から救う方法」だという言説も目にするが、2005年当時の公式パンフレットにはこんな記述がある。
「クワイ=ガンのいうところでは、ダース・プレイガスが死を超える力を身につけたのは事実だが、それは永遠の命を与えるものではなく、真に永遠に生きるとはフォースと一つになうことであり、ジェダイこそそれを可能にする唯一の道なのだと。」
(『シスの復讐』プログラムP.21より抜粋)
つまりこれを公式見解とするならば、今作で初登場したフォースの交換は完全な後付けであり、またプリクエル三部作においてジョージ・ルーカスが描いたフォースの限界をも貶める描写だということになる。いくら権利を手放しているとはいえ、一人の作家が描き文化の一部になっている境界線をここまで変えておいて、ファンが怒らないとは思わなかったのか。それもレイロ(レイとカイロ・レンのカップリングの略称)人気を取り込んだファン迎合としか言えない展開のためにである。正気とは思えないし、そもそも唐突過ぎるため納得できないし必然性がない(自分に『最後のジェダイ』の描いた主題を好きだという主観の偏りがあるにしてもだ)。この交換然り、パルパティーン復活の経緯然り、この世界に墓場というものが存在すればスター・ウォーズでゾンビ映画ができるほどガバガバのやりたい放題だ。レイが特別だからカイロ・レンが特別だからで納得するならばそれは『最後のジェダイ』の否定であるし、仮に納得しても勝利のロジックは煽りを受けて粉々に砕け散っている。今までの最終章(『シスの復讐』『ジェダイの帰還』)では、その勝利の要が敵側の慢心にあり、それ故のミスが敵自身を滅ぼすというある意味勧善懲悪な描写で統一されていた。ところが今回は、ダークサイドのフォースはライトセーバー二本あれば止められる、という謎すぎる暴論で決着をつけている。その前にフォースを可視化(!)しているのも凄いが、それをやるにしても決着の描写には活かさない下手さが、よりこちらの怒りを助長し正気を奪いにかかる。そのデカ過ぎる二つの御都合主義的用法もさることながら、細かい部分でもエイブラムスはフォースを都合よく利用している。中でもキャラクターの行動原理を全て「(フォースを)感じた」に集約する後半は、酷過ぎてギャグでしかない(ここでドヤ顔を決めるボイエガが痛々しい)。
そうしたフォースの乱用は、本来感動すべき場面に途轍もない違和感さえ与えている。今作の結末は、スカイウォーカー家の物語の完結にふさわしくフォースから生まれた家族がフォースに帰るという確かに納得いくものになっている。が、問題はラストシーンにある。生まれでなく育ちという主題に辛うじて着地するのだが、そこで優しい視線を投げる人々の中に今作で一番成長したはずの人物がいないのだ。これは、『ジェダイの帰還(特別編)』でルーカスが犯した過ちの再現だ。これだけやりたい結末を迎える為にフォースを弄んだのに、肝心なところで勘どころを外してしまう。エイブラムスは今作が劇場公開版で完全版だと言い放っているが、だとすれば姿のない彼はライトサイドに帰還していないということか?あれだけの活躍を見せて犠牲も払っているのに?ファン迎合なのか突き放しなのかここに至って混乱までさせる。本当に下手くそだ(さらに付け加えておきたいのが、前述のアダム・ドライバーが名演を見せるあの場面だ。あれは、スター・ウォーズの世界にフォースとは別の第二の力が存在することを見せた噴飯もののシーンである)。
『最後のジェダイ』の批判に対して方向性を転換したのはいいとしよう、多くの人が望んだことだ。だがだとすれば放っておかれていることが多過ぎる。例えば最終決戦に至るまでのポー・ダメロンの指揮だ。前作ではホルド提督という人物の愚策ゆえ尻拭い的に特攻作戦に踏み切るが、今作ではシリーズの大重鎮ランド・カルリシアンに無根拠で全て頼って自ら特攻を仕掛ける。今回の評で何度も使っている表現だが…本当にただのバカだ、作戦と言えるものがない。そんな自業自得の状況でセンチメンタルに仲間に謝ったところで「あぁそうかい」以外の感慨は生まれない。よって直後の救援も「やっと来たか」という苛立ちをランドの笑い声から来るノスタルジアと映像的物量で誤魔化す結果になっている。前作の脚本的不備を指摘している人たちがこれも含めて絶賛しているならどうかしているとしか思えないのは、果たして自分だけだろうか。
他にも、役に立たな過ぎるレン騎士団、既視感溢れる砂漠チェイス、行き当たりばったりの救出劇、都合優先・理屈不明の謎解き、ただの引っ張りでしかない記憶喪失、意図不明の新キャラ、まだ使える帝国時代のタイ・ファイター、後付けでドヤをこくマーク・ハミル…などなど、物語的な不備以前の問題が山のように転がっている。それも全てファンが見たいものを詰め込む為の不備だとするなら、つまり観客は見たいものが見れれば完成度は気にしないと宣言されているようなものだ。先日見た日本映画界の最底辺『カイジ/ファイナルゲーム』にも通じる根性すら透けて見える。勢いで見せ場を盛り上げ、説明不足によって生じた穴はファンに想像で埋めさせる…それを期待しているならそんなシリーズが長続きするはずない。今すぐにやめるべきだ(ある意味『最後のジェダイ』嫌悪派に救われている)。
しかし、こんなにうるさく言うのも自分がひとえにスター・ウォーズが好きだからだろう。作られる度に文句を言い、新作が出れば見に行く面倒な生き物の考えである。これがスター・ウォーズでなく、その影響を受けた何かであればここまで言わなかったかもしれない。それにたとえこの先にスター・ウォーズが続くとしても、自分はノスタルジアと既視感に熱狂するファンと距離を保ちながら付き合い続けていく。ただ断言しよう、この最終章は失敗作だ。この大きくなり過ぎた宇宙の膨張が世界観の収縮で終わるとは、最高の皮肉である。
ただ是非見て欲しい。それも誰かと一緒に。でないとストレスが溜まるし、この手の作品は見た後の話し合いが本編である。話が絶対盛り上がること間違いなしだ。忘年会の前にでも見て、話題作りのつもりで行けばいいだろう。
追記(という名の口うるさい暴論):
パルパティーンは本人なのかクローンなのか…そんなことはどうでもいいほど他がグダグダだ。フォースの新設定をつけるくらいならこっちを説明してくれ。
また今作が前作からどれくらい時間を空けたのかが不明なのも問題だ。レイとカイロ・レンが技を磨いている一方、前作の惑星クレイトでの戦いから間もないようなニュアンスの台詞もあり混乱する(前作の圧倒的少数から今回の人数になった経緯が謎なままだ)。
個人的な文句でいうと、ゾーリのヘルメットを外さないのはもったいない…折角ケリー・ラッセルが演じているのにもったいない(でも目力とその美しさは流石)。ただ正直ゾーリとポーの付かず離れずの関係は魅力的だった。あとはリチャード・E・グラント演じるプライド元帥の冷酷さが本当に良かった。
音楽については過去作に負んぶに抱っこ。懐メロのオンパレードで起伏を感じさせないうえ、エンドロールでオープニングテーマを流す暴挙に出る。
またキャリー・フィッシャーのアーカイブ出演について話しておきたい。事前の報道でCGでの出演はないと明言されていた彼女だが、それを覆す決定的な場面(これもサービスシーン)が用意されている。あれがアリならば、遺族の許可を借りて当初予定されていたレイアのライトセーバー戦を見せれば良かったのだ。無理に話を変える必要はない。一体何がしたかったんだ、エイブラムス、そしてディズニー。ライアン・ジョンソンの功績を受け継ぐのでなく大義名分として利用するその姿勢には吐き気がする。早くこのコンテンツを若い世代に引き渡せ。懐古趣味の大人が作るスター・ウォーズはもう見たくない。
M MACKY 納得行かない。
starstarstarstarstar - 6年前
取りあえず、EP7〜9は無かったことにしませんか?