☆3.8
アニメーションはなくても良かったかと。
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オウム真理教を題材にした『A』やその続編『A2』、ゴーストライター騒動の渦中にあった佐村河内守を題材にした『FAKE』などで知られる映画監督で作家の森達也が、映画『新聞記者』の原案者であり東京新聞社会部記者・望月衣塑子の姿を追った社会はドキュメンタリー。日本の報道の問題点、ジャーナリズムの地盤沈下、ひいては日本社会が抱える同調圧力や忖度の正体に迫る。蔓延するフェイクニュースやメディアの自主規制。民主主義を踏みにじる様な官邸の横暴、忖度に走る官僚たち、そしてそれを平然と見過ごす一部を除く報道メディア。そんな中、東京新聞社会部記者・望月衣塑子は既存メディアからは異端視されながらもさまざまな圧力にも屈せず、官邸記者会見で鋭い質問を投げかける。果たして彼女は特別なのか。この国の民主主義は本当に形だけでいいのか、メディアはどう立ち向かうべきか。
アニメーションはなくても良かったかと。
「取材して疑問に思ったことを質問しているだけなのに」望月衣塑子は異端視され、疎まれ、煙たがられる。時の政権は当然としても、同業者の多くまでもが彼女の敵なのが深刻である。「長い物には巻かれる」国民性が、そうあってはならない職種にまで及んでいることに愕然とする。そして彼女にエールを送るのが、外国人記者たちであるという事実が些か面映ゆい。本作のもう一方の主役、現首相もまた異彩を放つ。質問者望月に対して、苛立ちと侮蔑が入り混じった表情で、誠意のかけらもない投げやりな態度で応答する。この僅かな問答で、その人品骨柄が透けて見えるのだ。官房長官として、前政権で手掛けた偽造・捏造・改竄の地続きに「日本学術会議」問題はあるのだろう。全篇笑いに満ちたドキュメンタリー。その笑いは苦笑で、現代社会の矛盾や欺瞞や理不尽について憤懣と諦念に満ちたブラックな笑いである。
映画「新聞記者」を観て、こちらも観た。 それぞれの思惑があって世の中は成り立っている。日本は特に既得権益の国。国民はすぐ忘れるとどこかで誰かが言ってたシーンが印象的。
ラストシーンで、望月が菅官房長官と道端で会うシーンがあるのですが、なぜかアニメになり、いつものように望月は質問しない。やはり、マイケルムーアを森達也は超えられないと思いました。
望月差記者の奮闘ぶりは伝わった。記者なら普通のことをやってるのにね。その反面、記者クラブに入れない森監督自身のやるせなさも伝わるし、映像作家としてまた別の方法論で掘り起こしてほしいとさえ、思うところ。