☆4.9
フィクションは現実ではない。事件も彼らも実在しない。 しかし、ここまで心を震わせ、目頭を熱くするほどの「現実感」を持つ作品の力に、感動を覚えずにはいられない。 おそらく本作は、仕事を頑張ったがゆえに苦しんだ経験のある者に最も深く突き刺さる。… 続きを読む
フィクションは現実ではない。事件も彼らも実在しない。 しかし、ここまで心を震わせ、目頭を熱くするほどの「現実感」を持つ作品の力に、感動を覚えずにはいられない。 おそらく本作は、仕事を頑張ったがゆえに苦しんだ経験のある者に最も深く突き刺さる。 だが同時に、いち労働者として、いち消費者として、この作品をただ「良かった」と称賛して終えてよいのかという問いも残る。 (鑑賞の仕方に言及するのは野暮の極みだボケ、というツッコミは己にすでに百回入れている。) キャストの豪華さや事件の構成力よりも、まず注目すべきは作品の根底に流れる労働問題だ。 利用者の「欲」に応じ続けたサービスの限界。 末端にのみ皺寄せがいく構造。 現場の努力ではどうにもならない地盤沈下する社会。 それらに真摯に向き合うメディアが、そして、自分事としてこの映画を受け止めた観客はどれほど存在するだろうか。 この物語には明確な「悪人」はいない。 ただ、誰もが目の前の仕事に必死で、身を削り、心を擦り減らしながら働いている。 「仕事だから」「しょうがない」「まだやれる」「頑張らないと」「何でもない」と自らを宥め、それでも矜持を保とうとする。 ギリギリの表面張力で保たれたコップの水のように、無数の人々が崩れずに立ち続けている。 エレナ、そして制作者たちは答えを与えない。 ただ静かに「あなたの番が来た」と告げるだけだ。 それでもヒントはある。 それは「一人で抱えず、連帯すること」。 そして、すでに限界にある末端の更なる努力や善意に依存せず、権限を持つ者が自ら決断し、責任を取ること。 労働問題とは、末端の忍耐や献身の物語ではない。 「誰かの犠牲によって維持される奇跡のような当たり前」を手放すことが必要だ。 冒頭とラストで「彼」は同じ場所にいる。 背景に響く規則的な駆動音も同じ。 構造は何も変わらず、根本的な解決は遥か遠い。 問題の巨大さに対し、一人ひとりの力は無に等しく、社会は事件を忘れ、日々が流れ、ほとんど何も変わらない。 ──誰も何もしなかった。だから今がある。 無関心でいられても、無関係ではいられない社会の中で、彼は、そしてベルトコンベアの先にいる私たちは、何かを変えるだろうか。 それとも、何も変わらないのだろうか。 ──誰も何もしなかった。だから今がある。 変わったのは、託される「前」か「後」か、その順序だけである。 《余談》 ① 左手の薬指 冒頭の爆発シーンに、一瞬「あの人」の左手薬指が映り込む。 公開初日の二度目の鑑賞でその事実に気づき、息を呑んだ。この爆弾事件で命を落としたのはあの人ひとり。 羊急便の八木も、五十嵐も、皆それぞれの場所で誰かのために必死に働いているのだろう。 ② 白と黒の対比 白く広いホワイトパスのロッカールームとオフィス。 対してブルーパスの労働者たちは最下層に追いやられ、狭く黒いロッカーに押し込まれる。 ピストン輸送される黒いシャトルバスを、白いタクシーが追い抜いていく。 光と影のコントラストが、そのまま社会的階層を映し出す。 命を懸けて止めたのに、何事もなかったかのように再び動き出すベルトコンベア。 それを見つめる「彼」の絶望はいかほどだったか。 一方、「良い洗濯機」を目にしたときの「彼」誇らしさはいかほどだったか。 黒いベルトコンベアと白い洗濯機。 そしてタイトルに響く「贖う(あがな-う)」1.買い求める。2. つぐないをする。罪ほろぼしをする。 あらゆる語の中からその両義性を内包するこの語句を抽出した語彙力にただ唸る。 ③ 他作品のオタク語り 【アンナチュラル】 「あっさり濁りませんでしたね。ヤマザキとヤマサキ」ももも毛利さんが刑事してる…! 六郎頑張ったねえ研修医になったねえ!相変わらずアワアワしながら真面目に働いてて嬉しい限り。「彼」の呟きを覚えていた君は良い医者になるよ。 「クs…」(誤魔化す言葉が出てこない) 「来る!」いや中堂さん、律儀に「く」の付く言葉探さんでも。 (笑ったけど、これ元ネタわからない人には不親切な内輪ネタでは) 「無縁仏になりそうです」語尾に⭐︎か♩ついてんのかと思うくらい軽い。木林さんが相変わらず胡散臭くて何よりです。 (褒めてる) 『殺人遊戯』の白井くんが!君がバイクで走って駆け上がって届けたその荷物は、事件の影響で脅かされた誰かの命を救ったよ。 (何より君が生きていて良かった) 【MIU404】 ドラマではラストで松葉杖だった陣馬さんが元気に走って大声出してて嬉しい。 4機捜にあの勝俣くんが!陸上の!勝俣くんが!陣馬さんと!バディ!背中押しながら報告させてくれる陣馬さん頼もしいね優しいね。伊吹と一緒に走ってるのかな。 (九ちゃんと豆治も出たらもっと嬉しかった) (ラストマイルオフィシャルブック曰く、九ちゃんは警視正になってるそうです) 伊吹「部屋がきゅるっとしてた。」 (ギャルか。元からだった) 志摩「恐らく女性の匂いのことかと。」 伊吹「それ!」 勝俣「報告の仕様がありませんね…。」 志摩 「(頷く)キモくてすいません。」 (一番笑った) ④ 惜しまれる一点 デリファスで働くブルーパスの人々――すなわち搾取構造の中にいる大多数――にもう少し焦点を当ててほしかった。 爆発の危機に直面しながら働かざるを得なかったのか、 それとも「都合の良い人々」として描かれたのか。 観客の多くがまさにこの層に属するからこそ、彼らの姿が描かれたなら、作品の痛みはさらに深まったはずだ。 (脚本の野木亜紀子氏はTBSラジオ『武田砂鉄のプレ金ナイト』(2024年8月30日放送)で、このパートが三時間を超えるためカットされたと語っている。) 『ラストマイル』は、事件を描く物語であると同時に、私たちの社会そのものを映し出す鏡である。 フィクションでありながら、現実以上に「現実的」な痛みを孕む。 「あなたの番が来た」――その一言が、スクリーンの外で静かに私たちを指し続ける。