橋物語
「少しは人を信じなきゃ」 午前十時の映画祭16 ウディ・アレンが自身の愛する街マンハッタンを舞台に織りなす全編モノクロームのラブストーリー。共演にダイアン・キートン。 第一章 橋物語 N.Y.という街に橋は欠かせない。セルジオ・レオーネが… 続きを読む
「少しは人を信じなきゃ」 午前十時の映画祭16 ウディ・アレンが自身の愛する街マンハッタンを舞台に織りなす全編モノクロームのラブストーリー。共演にダイアン・キートン。 第一章 橋物語 N.Y.という街に橋は欠かせない。セルジオ・レオーネがマンハッタン橋をフィルムに収めたならば、ウッディ・アレンはクイーンズボロ橋をモノクロームのフィルムに収めた。その光景は幻想的でもあり、偉大なる街が人々から魂を奪い取るようでもある。 ...ダメだ、野暮ったい。というか、映像の割にそんなにお行儀の良い映画ではない。本当は冒頭のような小洒落た言葉でも綴れれば良かったのだが、自分にはどだい無理なのでここからは本音で。 ふざけんなよ...多分、自分はまたこの映画を観ることになると思う。先のことは分からないが。 登場人物は軒並みサイテーかロクデナシばかり。一丁前にチョムスキーだのユングだのと宣ってはいるが、結局のところ自分の衝動を抑えられずに御託を並べているだけで、「相手に飽きたから別の相手にした。でも何か上手くいかないからやっぱりヨリを戻しませんか?」...延々その繰り返しである。観せられている内容は最低最悪としか言いようがない。いくらハンフリー・ボガードよろしくキザなセリフを吐いたところでこの事実は変わらない。 ...と同時に、私は悪寒がしている。多分本作は「恋人たちの予感」(1989)の系譜だ。いや、本作の方が2年早いから「恋人たちの予感」の系譜上に一足先に乗っかった映画になるのだろう。とすると自分には何が起こるのか?この系譜は別名「味噌汁の系譜」と自分は定義しており、取り立てて美味しいわけではないが定期的に食べないと自分がおかしくなってくる系譜と言える。初見では何がいいのか分からないし怒りすら込み上げるが、しばらくするとまた観たくなってくるだろうことは容易に想像できる。結局自分も偉そうなことを宣っておきながら、一度ケチをつけた映画と再度ヨリを戻す展開になってしまっているではないか。 この要因はどこにあるのだろうか?ガーシュウィンの曲が一枚噛んでいるのは間違いない。良いところでガーシュウィンが入ってくる。そしてモノクロームの映像と時折挟まれるマンハッタンの景色だろう。エンドロールには「撮影:ゴードン・ウィリス」の名前が。顔を両手で掴んでキスをしてやりたい。やはりウィリスだったんだな!ダイアン・キートンの映りが妙に良い時点でアンタを疑うべきだった!「ゴッドファーザー」に続いてまたアンタにやられた! ということで、多分また観ます。初見では「8 1/2」より苛ついたが、果たして次に観るときは...???