愛ではない何か
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
愛ではない何かに惹かれて過ごした日々が 影と光をもたらす。 映画を見終わった後に、気持ち悪いと、 結局、文はロリコンの異常者で 更紗はストックホルム症候群だと そう思ってしまった人はきっと普通なんだと思う。 けど、決してそんなことはない。 文は小児性愛者ではないし、 更紗も文に洗脳されてるわけじゃない。 一般的に見れば異常な関係であっても 2人の関係は周りが思うような関係ではなかった。 "普通"の関係だった。 『帰らないの?』 『帰りたくないの』 『うち、くる?』 『うん、いく。』 公園で1人雨に打たれる更紗に声をかけた文 孤独への共感と救いを求めたことから始まる 2人で過ごした日々は女児誘拐事件と騒がれた 文は捕まり少年院から出た後、実家に閉じ込められた。 更紗は事件の被害者として可哀想に思われることにも慣れた。 文には谷さんという恋人ができた。 彼女は文の過去を知らず純粋に文のことが好きだった。 更紗には亮くんという婚約者ができた。 上場企業の正社員で実家は農家で土地を持ってる。 それぞれが幸せを掴もうと、未来を歩んでいた。 カフェでその声を聞くまでは。 文のカフェに通う更紗の変化に亮くんは違和感を覚えて彼女を問い詰める。なんであいつなんだ、なんで俺じゃダメなんだ、目を覚ませ!と。 亮くんなりの愛の形だった。 更紗にとっては文への嫌がらせでも 亮くんにとっては更紗を守ろうと、救おうとした行為だった。たとえそれがエゴだとしても。 亮くんは母に捨てられたと感じている。 だから、自分に依存する相手が欲しかった。 自分なしでは生きられないような人なら自分は捨てられないとそう思ってた。でも思い通りにいかない更紗に遂には手を上げてしまう。いっときの静寂から激情的に更紗を殴る。 ふと我に帰り愛するはずの人を傷つけている事にショックを受けるとともに、愛を伝えようと身体を求める。 亮くんにとっては身体を重ねることが何よりの愛情だとそう信じていたんだと思う。 更紗のためを思っているのに、更紗に手を上げてしまう自分は酷い人間だと自覚しているからこそ、そんな人間にさせる更紗が憎かったし愛おしかった。 あの濁った目、荒れた肌、乱れた髪 怒りと悲しみとどうしたらいいかわからない感情が2人の溝をより深めてしまう。最後は自分を傷つけることでしか振り向いてもらえない。 更紗はそんな亮くんとは違った。 更紗にとってはあの日あの時、 文と手を繋いだ時、たしかに2人は繋がって その感覚に縋って更紗はこれまで生きてきた。 だから、亮くんの愛がわからなかった。 更紗はアセクシャルなのかもしれない 年上の男の子に襲われる恐怖がまとわりついて 身体を求められることが愛だとは思えなかった 大人になってもうなされるトラウマだった そんな環境から逃げたいと そう思っていた更紗に居場所をくれた文 文といると偽りのない自分でいられた ケチャップは好きなだけかける ジャンクなピザも好きなだけ食べる アイスはバケツごと抱えて食べる 文にとっても更紗は特別に見えた 自分にはない自由な更紗が違って見えた それは憧れのような羨望のような きっと愛ではない何かだった 2人で、ご飯を食べ、本を読み、会話をする そんな日々が2人にとっては特別だった でも、世間から見たらそれは誘拐事件 世間や法律が間違ってるわけじゃない 普通に考えたら小学生を家に返さない方がおかしい でも、その画一化された認識が真実を曇らせる 文にとっては更紗は性の対象ではなかった 自由を纏う更紗が文にとっては神秘だった。 文は母親から失敗作だと、そう思われていると感じていた。抜かれて捨てられてしまった木の様に。 劇中では明言されないが、 文はおそらくカルマン症候群 第二次性徴が見られない病気 体の線が細く、性器が発達しない、更紗が15年ぶりに会っても見た目が変わらないと感じたのも病気の影響 谷さんとセックスをしなかってのは決して小児性愛者だからじゃない、それを知られるのが何より怖く、出来なかったから。文は性の対象となりえない女の子だけは可愛いと思えただけだった。更紗を見つめたり唇に触れたりしても欲情しなかった、自分が小児性愛者だったらいいとさえ思っていた。 それでも、嘘をついて谷さんを突き放す文は優しい人だった。 谷さんは素直に文のことを恨めたし、真っ直ぐ文を見つめて向き合ってきたからこそ悔しくて歯を食いしばり文を軽蔑できる正しさを持っていた。 文は自身の病気が明るみになることを恐れた。 警察に捕まることは困る、全部バレてしまうからと。 何より更紗に知られたくなかった。 それでも更紗と一緒にいたいと思えるほど 文も更紗のことを大切にしたいと思えていた。 離れている間も更紗のことを想って 水面に浮かび同じ月を見て涙を流せた。 家族よりも社会よりもその誰よりも 文は更紗を1人の人として認めていた 彼女を尊重していた だからこそ、更紗も文を信頼できた。 更紗は更紗だけのものだ。 誰にも好きにさせちゃいけない。 2人の間にあったのは 愛かもしれないし愛じゃないかもしれない 愛が何を指すか、それは人によって違う でもたぶん、文と更紗の間にあったのは お互いを認め合う尊さだったと思う。 名前をつけたり、意味を持たせたりすることで 全てを理解できるわけじゃない。 2人を理解できないという感覚は 2人にとっても私たちへの気持ち悪さだ。 人は見たいようにしか見れない。 善意が悪意に、理解が誤解に。 月の意味は何か、それはわからない。 人によってその意味は変わるのだから。 李監督の作品はいつも重く暗く正解がない でも、人生ハッピーなことばかりじゃないし、何事もうまく行くとは限らない。そんな現実に寄り添ってくれる感覚がある。 大なり小なり、誰しも何かを抱えていて、何とか日々と向き合ってる。映画の登場人物は特別な存在に見えるけど、自分自身もそんな彼らと変わらない1人の存在なんだと認めてくれてる感覚がある。 それでも最後にはほんの少し微かに光が見えて きっと大丈夫だって僅かな希望が灯る。 救いがあるんだって教えてくれる。 何回も見たい作品じゃないけど、 ずっと大切にしたい作品。 原作はもう少し続きがあるから読んでほしい。